「棒人間のために夜が来た」
 僕は言うと、おもむろに電気を消した。
 七色さんはただ首を傾げる。
「何をするの?」
「押入れからこんなものが出てきたから」
 と、整頓したテーブルの上にキャンドルを並べ、ライターで着火する。
 それはお誕生日ケーキに刺すようなタイプのお洒落なキャンドルだ。
「なぜかどこの家にもあることで有名」
「そうなの?」
「ともあれ、キャンドルナイトは綺麗だ」
 ゆらゆら火が揺らめくたびに、部屋を彩る光も揺らめく。
 心が落ち着く。
「綺麗だね」
「だよね」
 ゆったりくつろぐ。
 ああ、いつもの部屋なのに、いつもの部屋じゃないみたいだ。
 そうして十分ほどのんびりした後。
「飽きた」
「早いね」
「棒人間は飽きっぽいのだ」
 困った。
 まだまだ燃え尽きない。
 でも中途半端に消すのはそれはそれで嫌だ。
 かくなる上は。
「電気付けてもいい?」
「待って待って」
 七色さんに制止される。
 仕方ない、電気を付けるのは諦めよう。
 それにしても暑い。
「夏に挑戦したのは失敗だった」
「いっぺんにキャンドル全部に火を付けるからだよー」
「暑くてとろけそうだよ……。棒人間は暑さに弱いのだ……」
「汗だくだよ? シャツが肌に張り付いてるよ?」
「棒人間は汗っかきなのだ」
 ダメだ。
 誰だろう、キャンドルナイトやろうなんて考えたの。
 とにかく汗が鬱陶しいのでシャツを脱ぎ捨てる。
 一瞬涼しかったけど、やっぱり暑いもんは暑い。
「うう、こうなったらキャンドルの火を存分に利用してやるもん」
「何をするの?」
 僕は台所の冷蔵庫を開けた。
 ああ、ひんやり……。
 中からイカのパックを持っていく。
 取り出して手に持つと、キャンドルの火の上で腕の位置を固定する。
「イカを炙る」
 …………。
 ……。
「手が火に近いもんだから余計暑い、あちちちっ」
「そりゃそうだよー」
 イカのパックをテーブルに置き、次の策。
「花火を」
「やめたほうがいいってそれは!」
 七色さんが僕の腕を掴んで止める。
 あ……、七色さんの手、冷たい。
 じっと七色さんを見つめる。
 僕より体温がちょっと低いんだ……。
「七色さん」
「?」
「ぎゅってしていい?」
「い、いいけど、どしたの?」
 七色さんに飛びつく。
 ああ、ちょっとだけ涼しい気がする。
「ひんやり」
「してる?」
「主に肌が。七色さん七色さん」
「なに?」
「脱いで」
「え」
「全身でひんやりしたい」
「え、えええ」
「僕の納涼に協力して」
「どっちかっていうとこれ冬を凌ぐほうだよね」
「だめ?」
「棒さん、どしたの? 様子が変だよ?」
 そうかな。
 暑さにやられたのかもしれない。
 棒人間は暑さに弱いのだ。
「いいからいいから。お願い」
「う」
「あ、そうだ」
「う?」
「脱いだら冷蔵庫の冷気浴びてから来て」
「う!?」
「よろしく」
「え、えええ」
「いいよね。僕だって下着だし」
「下着っていうかサラシだよね。ていうかそれが暑いんじゃ」
「いいよね」
「棒さん、目が据わってる、目が据わってる」
「早くー。死ぬー」
 七色さんが立ち上がる。
 そしてちょっと離れたところで、顔を赤くしていた。
「……本気なんだね?」
「うん。棒人間のお願い」
「分かった、分かったよ」
 台所へ行く七色さん。
 あぁ、暑い。
 台所からは「さむっ」とか聞こえる。
 しばらくして戻ってきた七色さんは、着ていた洋服を帯状にして胸元に巻いて戻ってきた。
「……あ、胸ないから下着してなかった?」
「セクハラやめてって!」
 器用なことをするな、七色さんは。
 それにしても『脱いで』は七色さんにとってセクハラに入らないのだろうか。
 考えていると、倒れこんだ僕の傍に七色さんが座る。
 僕はゆっくりと七色さんをぎゅっとした。
「冷たいい……」
 最高。
 ありがとう七色さん、ふぉーえばー。
「氷みたい」
「特別だからね? 今日は楽しかったし」
「なんで?」
「棒さんの棒人間っぽくない表情見れたもん」
「そう?」
「いつも無表情なのに、今日はキャンドル付けてから何か違う表情だったよ」
「そっか。今どんな顔してる?」
 七色さんの肩に置いた顔を引き戻し、七色さんの正面に。
 その途端、キャンドルの火が消えた。
「顔見れなかったよ」
「そっか」
 部屋は真っ暗。
 ぼんやりと七色の姿が浮かんで見える。
 表情までは分からない。
「ふー」
「ひゃっ、今度はそっちの肩なの?」
「あっちは暑くなったからね。あぁひゃっこい。あ、僕の背中に手を回して」
「こうかな?」
「そうそう」
「私は暑いばかりだけど……」
「ごめん。今度は僕が水風呂に入った直後にぎゅってしてあげるから」
「って、胸の服取らないで!」
「バレた」
「あああっ」
「ぽいっと」
「どこに投げたの!?」
「まあまあ」
 真っ暗闇の夜は、イタズラと共にもうちょっとだけ続いた。



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