ついに夏休みが始まった。
 セミの鳴き声もどこか風流だ。
 だけど、僕の心中は穏やかではない。
 夏休みは、やっぱり良いことだけ起こるわけではない。
 誰しもが、それも何度も経験する試練というものがある。
「棒さん、元気出してー」
「……宿題多い」
 中学の頃とは、どこか威圧感が違う。
 山のように出されたそれらは、僕を小一時間机に突っ伏させるだけの力を持っていた。
「答えが付いてないー」
「めんどくさいね」
「棒人間は面倒臭がりなのだ」
 ついでに成績も平均。
 つまり分かるところはすいすい進んだとしても、必ずどこかで行き詰るだろう。
「……ああ、憂鬱」
「棒さん頑張って。シャケさんもそう言っておられる」
「恐悦至極に存じますが僕には無理です」
「棒さん元気出して」
「……うん。僕は休みの始めに宿題終わらせる人だ」
「わぁ、棒さん偉い」
 棒人間は面倒臭がりだけど、学習はするのだ。
 もう提出するのが遅れて目立つのは嫌だからね。
「あー、やろう」
「棒さん偉い」
「ごめんね。しばらく一緒に遊べない」
「どのくらい?」
「なんとか三日で」
 棒人間の決意は固いのだ。
 ……多分。
「頑張って! シャケさんと一緒に応援するよ」
「二人とも心強い」
「ふれーふれーぼーうーさんっ」
「頑張れ僕ー。頑張る僕ー」
 長い戦いの火蓋が切って落とされた。



 数分後。
 心が折れそうな僕の姿がそこにはあった。
「ぼ、棒さん?」
「もう無理ー」
「早いってば」
「だってー」
 ぺらりと原稿用紙を七色さんに見せる。
「読書感想文ー」
「わぁ、出た」
「出た出た」
「そういえば棒さんって、本は読むの?」
「この部屋を見渡せば、その答えは見つかるよ」
「読まないんだね」
 小説って目が疲れるから苦手なのだ。
 だいたい、読むのに時間掛かるの嫌だし。
 物語なんてテレビドラマだけでいいと思う。
 ぐうたらしながら楽しむのが好きなのだ。
「あー。図書館行こう……」
「いってらっしゃい?」
「ん……。やっぱり明日。これ以外から終わらせる」
 積まれた宿題の一番上のものを取る。
 数学だ。
 適当にぱらぱらっとページをめくってみる。
「小難しいー」
「わぁ。でも、そうだよね」
「ああー。嫌だー」
「棒さん沈んでる」
 いとめんどくさい。
 ダメだ、手を動かそう。
 棒人間は諦めないのだ。
「そう、七色さんが居る限り」
「え? う、うん、頑張って!」
「頑張る」
 やっとの思いでシャーペンを握る。
 こうなるとシャーペンを手に取るだけで辛い。
「いざ」
 長い戦いが改めて始まる。



 きっかり三日後。
 宿題が終わった。
「あー、七色さんパワー」
「私すごい」
「七色さんすごい」
「お疲れさま棒さん!」
 本当に疲れた。
 あぁ、もう夜か。
 遊びは明日からかな。
「うーんっ」
 軽く伸びをして「ふぅっ」と腕を下ろす。
「ああ、開放感」
「棒さんすごく疲れた顔してるよ? 目に隈、目に隈」
「ん」
 手鏡。
 あ、ほんとだ。
 睡眠時間を削ったからかな。
「パンダだぞー」
「シャケさんだぞー」
「勝てない」
「シャケさん強い」
「勝てないと分かっていても挑まねばならぬ時がある」
「棒さんかっこいい」
「てりゃーぐはー」
「棒さんテンション高い」
 うん。
 七色さんが笑ってくれるから高く出来るのだ。
「今日はもう寝る」
「ん。頑張ったね」
「ご褒美ちょうだい」
「え、なに?」
「一緒に寝よ」
「わ、出た」
「出てない」
「触るでしょ」
「触らせて」
「えー」
「ダメ?」
「ん。じゃあなでなで」
 頭を撫でてくれた。
 すごく癒される。
「ありがと。じゃあおやすみ、七色さん」
「うん。おやすみ、棒さん」
 あぁ、幸せ。
 今回の宿題も七色さんの支えがあってこそだ。
 僕の生活に欠かせない人になっている。
 今までもこれからも、ありがとうだ。



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