夏はスイカ。
 月のやうに美しき丸み。闇色の縞より垣間見えるは大草原。
 二つとなき瑞々しき――
「僕には文才がない」
「突然だね。……なんでスイカとにらめっこしてるの?」
 七色さん、苦笑い。
 さっきの清少納言さん激怒必至の独白は頭のなかだけのこと。
 七色さんには決して言うまい。
「とにかく、スイカが家から送られた」
「暑いしね。わぁ、冷えてる」
 ぽんぽんとスイカを叩く。
 良い音だ。
 風鈴の音と混じって夏っぽさが増した。
「スイカって、叩いたときの音で美味しいか分かるらしい」
「ほんと?」
「僕が叩いたときは良い音しなかった」
「勝った」
「負けた」
 スイカも食べられる相手を選ぶのだろうか。
 スイカすらも魅了するとは、七色さん、恐るべし。
「スイカも恥じらう七色さん」
「食べよ?」
「うん」
 かくして、何切れかに切り分けする。
「二人だし、二つに分けても良かったんじゃないかな?」
「食べにくいと思う」
「あ、そっか。でもスプーンとかで食べられない?」
「七色さん天才」
「えっへん」
 だが時すでに遅し。
 計8切れにスイカを切り分けてしまった。
「でも、かじりついてこそのスイカ」
「うん、そうかも」
「それに、半分にするだけじゃ塩が奥まで届きにくい」
「お塩?」
「うん。塩かけると甘くなる」
「あ、そうだったんだ!」
「知らなかったんだ?」
「うん、知らなかった」
「いいこと知ったね」
「でも信じられないなぁ」
「そうかも」
 塩をかけたら甘くなるなんて、知識なしだとまず想像できない。
 どんな化学反応か延々と考えてしまいそうだ。
「塩はここに置いとく」
「準備が良いね」
「棒人間は抜かりないのだ」
 できるだけ冷えたスイカを食べたいし。
 棒人間は納涼を欲しているのだ。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
 塩をさっさと振り掛ける。
 フタが取れて大惨事になった。
「あ」
「あ」
「……さすがにしょっぱい」
「だよね」
「七色さん気をつけて。フタ気をつけて」
「棒さん落ち着いて」
 幸い全部出ていない。
 残りのスイカを食べきるには十分だ。
 不幸中の幸いだったが。
「……もったいないことした」
「スイカ一切れとお塩がー」
「残飯処理班シャケさんに依頼を」
「シャケさん違うよ!」
 ダメか。
 シャケさん、口、開かないしね。
「……食べ物は粗末にしないのだ」
「私も手伝うー」
 僕から実食。
「…………うっ」
「棒さん?」
「……飲むと喉痛い。水、水」
 あ、テーブルに出てない。
 麦茶取ってこなきゃ。
 作っておいて正解だ。
 冷蔵庫へ急ぐ。
 その最中に「うえっ」と七色さんの声が聞こえた。



「罰ゲーム終わった」
「なんとかね……」
 苦行極まりなかった。
 やっと普通のスイカが食べれる。
「フタ気をつけて、フタ」
「わ、分かった」
 七色さんが用心深く塩を振り掛ける。
 慎重すぎてとてもゆっくりだ。
「どのくらい掛けるんだろう?」
「ん。うん、それくらいかな」
 適量とか分からないけど、多すぎないほうがいいだろう。
 さっきの前例があるし。
「ほんとにしょっぱくない?」
「大丈夫」
 心底不安そうな声に度肝を抜いた。
 塩がトラウマになってしまっただろうか。
 恐る恐るといった様子で、スイカを口に運ぶ七色さん。
 毒味でもするかのように、あるいは本当にその気分なのか、深刻そうな表情だ。
 しかし一転して驚いたように口元を抑える。
「え、しょっぱかった?」
「ううん、甘い!」
「あ、よかった」
 僕のスイカ知識が間違ってたのかと思った。
 心の底から冷や冷やした。
「うーん、さっきもだけど、種が邪魔だね」
「ん。そうだね」
 僕も塩をかけながら受け答え。
「種なしのスイカってあんまり見かけない」
「そうなの?」
「最近は少ない気がする」
 気のせいなのかな。
 僕は別にあってもなくてもいいんだけど。
 食べられればいいのだ。
「夏だね」
 スイカを一切れ食べ終えた七色さんが呟く。
「うん、夏だ」
 やっぱり夏は美味しい季節だ。



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