「……ん」
 なんだか重たい本が出てきた。
 中学時代の卒業アルバムだ。
「なにそれ?」
「アルバム」
「見たい!」
「え」
 僕はあんまり見たくないけど。
 うーん。
「面白くないよ」
「いいよ」
 そこまで言うなら。
 でも卒業アルバムって、僕、見てなかったな。
 多分そんなに写ってないと思う。
「わぁ、人いっぱい」
「卒アルだからね」
「棒さんどれ?」
「これ」
 存在感の薄そうな少女を指差す。
「あれ、スカート」
「ん。じゃああの辺りか」
 懐かしい思い出。
 ……というほど記憶もないけど。
 棒人間は過去を振り返らないのだ。
「中学も男の子の格好だったの?」
「その時以外は」
「なんでこの時は女の子?」
「んー」
 隠すようなことでもあるまい。
 過去より今なのだ。
「じゃあ、この子に注目」
 僕とは違い、目立つけど真面目そうな女の子を指差す。
「わぁ、美人」
「うん、美人」
「この子が?」
「棒人間の初恋なのだ」
「えぇーっ、この子が!」
 七色さんの瞳が輝きを増す。
 眩しいくらい。
「順番に話す」
「うん」
 さて、何から話そうか。



 中学時代、トイレは女子トイレということ以外は男の子だった。
 それも目立たない、棒人間スタイルの男の子。
 それが僕だったのだ。
 本当は女の子だっていうのは、みんな知ってたと思う。
 それでいじられたりもしたけど、無反応、無反応。
 そうしていたら、自然と僕は計画通り、空気みたいになっていった。
 棒人間スタイルが確立されたのだ。



「そして中学三年に」
「経ったね」
「うん、経った」
 棒人間人生、山なし谷なし。
 平坦平坦、まったいら。
「それで三年」
「うん」
「棒人間の初恋」
「うん」
「してしまった」
「わぁー!」
 ちょっともったいぶった口調になったら、盛り上がってくれた。
 こういうところが七色さんだ。
「僕は棒人間スタイルを貫いてた」
「今と同じだね」
「そんな僕の心を開けようと頑張る女の子が一人」
「それがこの子」
「この黒髪ロングの子」
「わぁーぱちぱち」
 心を開くも開かないも、僕はただの棒人間。
 扉なんてものがそもそもないのだ。
 だから、壁をぶち破ったというのが正しいかも。
「それで、めでたく初友」
「はつともー」
「人と仲良くなったのは初めて。だからかな、なんていうか、えっと」
「なんだろ」
「好きって、結構分からない感情」
「うん?」
「つまり、友か恋か」
「あー」
 でも、あれは確かに恋だったんだろうな、と今でも思ってる。
 女の子同士。
 だけど僕、一応男の子の心を持ってることになってる。
 書類上は。
 事実は棒人間なのだけど。
 棒人間たるもの雌雄一体の精神なのだ。
 ……自分でもよく分かってないのがほんとのところ。
「それで、告白した」
「わぁっ!」
「惨敗」
「わぁ」
 告白はストレート……だったと思う。
 いわゆる、告白の基本形。
「そういうつもりじゃないって、苦笑い」
「わちゃー」
「それから、僕は距離を置いて、それっきり」
 僕は確かに恋してたから、耐え切れないし。
 それに、気まずいのは嫌い。
「あれ、女の子の制服になったのは?」
「もうあんなこと言わないよ、ごめんね、っていう意味。僕への罰」
 実は三日と持たなかったけど。
 その間に集合写真を撮らねばならないとは、なかなか不運だった。
「女の子の格好になって、制服も同性になって、もう好きって言わないよ、って」
「なるほどー」
「そうして僕は、棒人間を更に極めたのだ」
「うーん、そっかぁ」
「ごめんね」
「ううん、ありがと」
 ぺらぺらとアルバムをめくってみてる。
 僕の存在感の薄さが芸術レベルだ。
 それに比べて、初恋の子はみんないい笑顔。
 ……僕は、こういう子が好きなのだろう。
 七色さんも、だから好きなのだ。
「女の子の制服を借りたとき、すごく心配された」
「え、誰に借りたの?」
「姉」
「お姉ちゃん居たんだ」
「兄も居る」
「へえー」
 姉も兄も、普通で人気者で、僕の反対みたいな人だ。
 それですごく優秀で。
 それで、ダメな僕にも優しくて。
「……。思えば、僕が一人で暮らせてるのも、二人のおかげ」
「そっかぁ」
「聞きたい?」
「ん。……辛い?」
「ん」
 首を横に振る。
 だいじょうぶ。
「二人とも頭が良くて、手のかからない優秀な子。でも僕は違う。手のかかる子」
「そうかなぁ」
「うん。頭も良くないし」
 比べてみて、出来損ないだ。
「親からは、よく比べられて怒られた。そのとき二人はかばってくれた」
「いいお兄ちゃんとお姉ちゃんだね」
「昔は、こんな僕も受け入れられてたけど」
 僕の心が男の子かもしれないってときにも、笑って受け入れてくれて。
 でも、それは大きな手間に繋がったんだと思う。
 ストレスって、やっぱり溜まるものだ。
 だから誰も恨んでない。
「兄と姉は、僕を心配してくれたし、甘やかしてくれた」
「そういえば、その二人の前では棒さんは棒人間?」
「うん」
 つまんない子だったと思う。
 自分でも、思ってる。
 それでも棒人間であるほうが楽だった。
「一人暮らししたいって、兄と姉に相談した」
「うん」
「僕って、こういう子だったから、わがままって言ったことなかった」
「そっか」
「だからかもだけど、二人は協力してくれた」
 比べられて疲れてたのは、きっと僕だけじゃなかった。
 姉は僕のために泣いてくれる人だったし、兄は僕のために怒ってくれる人だった。
 ……ほんとは、そんな二人に申し訳なかったのが、一番だ。
 僕は泣いたり怒ったりしない。
 だから二人が、僕の代わりのような気がして。
「もう僕のために疲れてほしくなかった」
 二人の説得や、この部屋を借りるためのお金も協力してくれて。
 ……結局お世話になっちゃってることに気付いて。
「ごめん」って頭を下げたら「いいよ」って笑ってくれて。
 ……それでも僕は、棒人間のままだったけれど。
「いいなぁ」
「うん。僕は、兄弟に恵まれた。言ってなかったけど、感謝してる」
「うんうん」
「……二人は僕のために親に怒ってくれて、それで溝が深まって。嫌だった」
「うんうん」
「今二人が、親とも笑っていてくれたら、僕は嬉しいと思う」
「そうだね」
「……ふぅ」
 とりあえず、こんなところかな。
 久しぶりに……ううん、初めて吐き出した。
 棒人間人生の嫌なものが、全部出た気がする。
「私も、二人に感謝しなきゃ」
「ん」
「二人が居たから、棒さんは私に会ったんだもん」
「そうだね」
「あぁ、いつか会ってみたいなぁ」
 さぁ、暗い話は終わり、終わり。
 せっかくの夏休みがもったいない。
 早く宿題終わらせたのに。
「七色さん」
「ん」
「前みたいに、制服、着てみて」
「棒さんの?」
「うん。……ん? うーん、まぁ、僕の。女の子のほう」
「? いいけど」
 前と同じく、上だけだけど。
 クローゼットに仕舞いこんだ制服を七色さんは着る。
 ぶかぶかだけど。
 やっぱり僕が告白した子と、同じ感じがした。
「どうかなー?」
「似合う」
「ありがとー」
「ん。……七色さん」
「ん」
 七色さんと向かい合って立つと、あの日を思い出す。
 告白したけど、無残、散ってしまったあの日だ。
 七色さんのほうが小さいけれど。
 胸がどきどきして止まらなくなる。
「…………あ」
 …………言葉が出ない。
 あぁ、何やってんだか。
「ありがと」
「ん? うん。あぁ暑い、脱ぐね」
「うん」
 言えなかったのは、怖かったからか。
 七色さんと距離ができるのが。
 ……うん、怖いよ。
 僕のなかで、七色さんはおっきな存在だから。
 手早く着替えた七色さんの頭を撫でる。
「七色さん可愛い」
「ん、出た」
「だから好き」
「ありがと棒さんー。私も好きー」
 満面の笑みの七色さん。
 冗談めいた『好き』は言えても、本気の『好き』は言えやしない。
 そういう呪いは解けないらしい。
 でも、それでいいかな。
 本気の『好き』は、僕の胸のなかにしまっておこう。
 そのうち胸のなかで雪溶けて、友情に変わってくれればいいのに。
 ……なんて、棒人間らしくもなく、本気で思ってしまうのだ。



戻る

inserted by FC2 system