七色さんの手は、とってもあったかい。
 どんよりした曇り空、夕暮れ時のベランダ。
 冴えない空気。
「棒さんー」
「んー」
「晴れないね」
「ん。そうだね」
 今日は打ち上げ花火の日だった。
 だけど、夜に雨が降るって、天気予報で言ってた。
「残念」
「そうだね」
「シャケさんパワーで晴れないかな」
「シャケさんすごい」
 雨なら予定をずらして、後日になるのかな。
 すっかり花火の気分だったのに。
 棒人間でも花火は好きなのだ。
「部屋に入ろう」
「はーい」
 がらがらーっと開けて、入って、閉めて。
 七色さんの顔を覗き込んでみる。
 最近、七色さんの顔が晴れない気がする。
 花火を見れば、元気になるかと思ったんだけど。
 無念。
「七色さん、どうしたの」
「……ん」
 意を決して聞いてみよう。
 それが棒人間に出来ること。
 七色さんはへたんと座る。
 私も向き合って座って、七色さんを見つめる。
 もじもじと目を泳がせていた。
 シャケさんの手をちょびちょび合わせて、離して。
「……この前ね、棒さん、話してくれたよね」
「ん?」
「棒さんの昔のこと」
「うん」
 何かまずいことでも言ったかな。
 うーん。
「それでね、私はどうだったんだろって、思い出そうと頑張ってるんだ」
「そうだったんだ」
「それでちょっと考えるのです」
「のですか」
「のですよ」
「悩みは聞く」
「ん、ありがと棒さん」
 棒人間はいつだって七色さんの味方なのだ。
 誇らしや、誇らしや。
「思い出そうとすると、不安になるんだ」
「不安?」
「なんだか、えーと……。……とにかく、不安」
「不安」
「うん」
 そういうものかもしれない。
 何者か知らない自分を知るって、勇気が要るのかも。
 だけど七色さんに限って、悪い人だなんて思えない。
 でも、僕に言えることなんて一つだけ。
「無茶しなくてもいい」
「……ん」
「でも思い出したかったら、思い出してくれると嬉しい」
「ん」
「無茶したくなったら、僕がそばに居る」
「うん」
「頼ってくれるのを待ってる」
「……うん。ありがと、棒さん」
「いつでも待ってる」
「うん。ほっとした」
「ん、よかった」
 七色さんがやっと笑った。
 こんな僕の言葉で元気になってくれたなら、嬉しいと思う。
 棒人間は、だから七色さんが好きなのだ。
 頼ってくれる、真剣に聞いてくれる、笑ってくれるから。
 だからずっと、七色さんが好きなのだ。



 夜。
 予定通りの雨だ。
 無念。
「残念」
「うー」
 この調子だと、明日もよく降りそうだ。
 じめじめしそうだ。
「寝る」
「おやすみ棒さん」
 こんなときは毛布を被るに限る。
「……棒さん、棒さん」
「ん」
「えと、一緒に寝よ?」
「いいよ」
「ん。ありがと、棒さん」
 怖いものを見たわけでもないのに、珍しい。
 僕は七色さんの誘惑に勝てぬのだ。
「どう寝よう」
「……向かい合って」
「ん。いいの?」
「……ん」
 七色さん、弱ってるのかな。
 棒人間にできるのはこれだけだ。
 だから。
「おいで、七色さん。二人で寝よ」
「シャケさんもいるよー」
「じゃあ三人」
 今の僕の家族、みんなでいっしょの毛布に入って。
「ぎゅってしていい?」
「うーん」
「いい?」
「棒さん、ありがと」
「ん?」
「ありがと」
「うん? うん」
「お願い」
「うん」
 なんか、らしくない。
 七色さん、どうしたんだろう。
「大丈夫?」
 胸のなかの七色さんが、なんだか震えてる気がした。
「大丈夫だよ、七色さん」
「……待ってるって言ってくれたよね」
「うん」
「待っててくれるかな」
「うん」
「……うん。おやすみ、棒さん」
「よく分からないけど。おやすみ、七色さん」
「ありがと」
 今は、寝てしまっていいかな。
 明日はもっといい日になってますように。
 そうしたら、またいつも通りの七色さんに会えますように――



 次の日。
 起きると、枕元にはシャケさんしか居なかった。
「……七色さん?」
 声に、なにも返ってこない。
 僕の机の上に、プレゼントした髪飾りが見えた。



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