夕刻になると、祭凰館を目指した。
 茜色に染まった山道と、そこから見渡せる景色には、また違った哀愁があった。
 一日の終わり。日輪はいままさに、西の山間に消えようとしていた。



  ―『野衾』―



 まだ祭凰館の提灯に、灯りは点いていないようだった。
 門にあの双子もいなかったので、その辺で寄りかかって待つことにした。
 しばらくそうやって夜空に想いを馳せていると、黒髪のほうが現れた。
 黒髪ということは、あの娘は椿という名前なのだろう。
 椿は私に気づくと、はたと首を傾げた。
「はれ、お客さん。お忘れ物ですかー?」
「そういうわけじゃない。私のことは気にすんな」
 椿は「うーん」と二度三度唸ったあと、神妙に頷いた。
 今朝から思っていたが、白髪のほう――楓より表情が薄いようだ。
 あまり感情を表に出さないのだろう。
 椿がちょいちょいと手招きして私を誘う。
 そこには並んだ提灯のなか、一か所だけやけに間を空けて提灯が付けられているところがあった。
 無くなった提灯とはここのことらしい。
「けっきょく見つからなかったですー」
「そっか、残念だな」
「ですー、本当に。大事な大事な提灯でしたので」
 愛おしそうに提灯の表面を撫ぜる椿。
「これはですね。前のお館様と一緒に作った、大事な大事な思い出の一品なのです」
「前のお館様?」
「はいー。すこし前ですね、胡氷さんの先代になりますー。祇明さんといいまして。残念ながら、亡くなられてしまいましたけど」
 しゅんと肩を落とし、潤った瞳でしょんぼりと沈んでいく。
「それはそれは素晴らしいお方なのでした。胡氷さんも、もちろん良いひとですし、素晴らしいひとなんですけどね……」
 提灯をひとつだけはずして、胸に抱え込む。
 切なげに目を閉じて、深呼吸をした。
「みんな、祇明さんが亡くなられてから、元気を失ってしまいました。みぃーんな、祭凰館のみぃーんなが、祇明さんのことを愛してたですから。みんな、みんな、みーんなです」
 ぽつぽつと繰り返す椿を、私は黙って見つめることしかできなかった。
 はたと椿は目を開き、にこっと私に笑いかけた。
「だから私と姉様で、祭凰館を明るく照らし上げるのです。いつかまた、いつかのように、元気いっぱいな祭凰館が見られますようにって」
 眉を八の字にしながら、抱えた提灯を元の場所に吊るす。
 それから、よしっ、と一度意気込むと、毅然とした笑顔で振り返った。
「そのために、私たちが小さなことでくよくよしていられません」
 自らを鼓舞するように椿は言う。
 それからはっとしたように目を見開いて口をおさえた。
「すみません、ついついお話が長くなっちゃいました。歳ですかね?」
「私より小さいくせに何いってんだよ。気にすんな、なんでも話せばいいさ」
「ありがとうございますー」
 銀次郎や、胡氷や、紫子は、あれで元気がないのだろうか。
 そうだとして、私がなにかできるわけではないのだけれど。
 蛇火はかつて祭凰館のひとだったと銀次郎に聞いた。
 ならば蛇火も、椿に言わせれば元気がないのだろうか。
「ということなので、今日も祭凰館に灯りを点そー、です」
 椿は元気に腕を振り上げると、小さな手のひらを筒の形にして口に当てる。
 大きく息を吸い込んで、端のほうにある提灯のなかに向かって吹きかけた。
 すると、ぼわっと僅かな音を立てて、提灯のなかに火が点いた。
 そこから隣の提灯へ、隣の提灯へと火は勝手に灯っていく。
 それは門の提灯いっぱいに広がり、ゆらゆらと眩く祭凰館を照らしだした。
「私の万術なのですー」
 手のひらを広げて口元に添え、息を吹くと、手のひらの上に小さな火の玉が現れて揺らめいた。
「火を吹きかける万術。私の火は熱を持たないですし、思わぬところに燃え移らないです。陰火というやつですねー」
 そう言うので、恐る恐る火に触れてみる。
 しかしそこにはなにもないように、手には燃え移らないし熱くもなかった。
「そのうえ、この火は自然には消えることはないです。燃え移らないですし。万年雪ならぬ万年火ですよー」
 しばらくぼんやりとその火に見入っていた。
 万術というものは見るたびに驚かされる。
「穴がぽっかりするくらい見つめられるの、ちょぴっと恥ずかしいですねー」
「あ、悪い」
 目を逸らすと、椿は軽やかな足取りで祭凰館のなかへ入った。
「中もこうやって点けて回りますー。よければご一緒にどうぞー?」
 と誘われるので、そのまま祭凰館へ入っていく椿を追おうとする。
 その時、不意になにかの気配を感じた。
 それは夜の蜘蛛として追われていたときと同様の、刺すような気配。
 咄嗟にそちらを振り返るが、しかしそこには誰もいない。照らしきれない暗がりがあるばかりだ。
「お客さーん?」
 椿の声にはっとする。
「悪い、いま行く!」
 今は椿に付いていこうと思った。
 もし気配が椿に襲い掛かろうとするものなら、私も傍にいたほうが都合が良いだろう。



 灯りが点くと、祭凰館は仄かに照らされて、廊下の奥までよく見えた。
 椿は楽しそうに私と話してくれる。
 しかしその間も、妙な気配は消えることはなかった。
「知朱様というのですかー」
「ああ。あんたのことは蛇火に聞いた。椿でいいんだよな?」
「はい、椿です。蛇火様ですかー。いやはや、お懐かしいですー」
「蛇火も祭凰館の人間だったんだよな」
「はいー。でも私はそんなに深くは知りませんです。あまりお話しなかったので」
 確かに蛇火には声をかけづらい雰囲気がある。
 きっと椿からしたら、蛇火は怖かったのだろう。
「姉様も私も近寄れなかったです。それに蛇火様はですねー…………」
 言いかけて、椿ははっと口元を抑える。
「いえいえっ、失言するところでした、お忘れくださいー! ひゃあ、危なかったー」
「なんだ、言ってみろよ? あいつの悪口なら大歓迎だぜ」
「……何か蛇火様に恨みがあるのでしょうかー?」
 隠し事は気になるが、無理に話させることもない。
 そう思って見逃すと、椿はほっと胸を撫で下ろした。
 そうして祭凰館を回りつくし、最後の提灯に火が灯る。
 明るく染め上げられた祭凰館のなか、椿はぺこりとお辞儀をした。
「これで最後ですー。お付き合いありがとうございますー」
「お疲れさん」
 笑う椿。
 その一方で私は、とうとう最後まで気配は消えなかった、と背後を気にかけた。
 ……違う。これは背後というよりは、もしかして。
「私は門番の仕事しますけど、知朱様はどうしますー?」
「そっか。じゃあ帰りに声をかけるよ。また後でな」
「御用がおありでしたか? あわ、付き合わせてごめんでした」
「大丈夫だって。付いてきたのは私だ」
 椿は安心したように笑ってみせ、表門のほうへ駆けていく。
「では、お待ちしてますねー」
 小さなな背中を見送り、さて、と息を吐く。
 気配の正体を探るとしよう。
 気配は背後からすると思っていたが、振り返ってもその姿は見えない。
 この辺りは万術というものがある。私には想像もできない術だ。
 それを気配の正体が使っているのなら、それを使って死角にいるのかもしれない。
 だとしたら、死角は……。
 私はきっと天井を睨み上げた。
 視界の隅でなにかが動くと、疾く外の竹林へ影が逃げた。
 どうやら見つけたようだ。
「待て!」
 見失わないように影を追いかけ、私も竹林のなかへ駆け込んでいった。



 影は竹から竹へと飛び移り、ぶつかるたびにがさりと揺れた。
 辺りは暗く、先ほどまで提灯の灯りを見ていたせいか、暗闇に目が慣れない。
 それでもなんとか食らいつきながら疾駆し、抜刀する。
 そして奥のほうにある竹を切り倒した。
 一本、二本、三本。次々に斬りかかる。
 やがて切られた竹に影がぶつかると、倒れる竹と共に影も落ちてきた。
「ちっ、最悪だ」
 竹が地面と衝突する寸前、地面に着地した影が不機嫌そうな声を漏らす。
 私と対峙する。もう逃げるのはやめたらしい。
 影の姿は、黒衣を纏う男だった。
 腕に紐で提灯を固定している。その提灯にはよく見覚えがあった。
 ぎらりとした三白眼で睨みつけてくるその男は、こちらを検分するように目を細める。
 黒衣で隠された口元が歪んだ。
「てめぇ祭凰館の人間じゃねぇな」
「まあな。おまえだな、提灯を盗んだやつは」
「それがてめぇに関係あんのか? あ?」
「あるさ。それは楓と椿の大事なもんだ。返してもらうぜ」
 喧嘩腰な態度を貫く男。
 男は呆れたようにため息を吐いた。
「初対面のがきのために取返しにくるたぁ、よくもまぁ気を遣う。とんだお人好しだ。で? てめぇが夜の蜘蛛だな」
 椿と歩いていたところを、この男がついてきていたのは知っている。
 しかし椿との会話のなかで、夜の蜘蛛という言葉は使っていなかったはずだ。
 私のことを『夜の蜘蛛』として知ってる者がこの辺にいないのは、いい加減に信じることにしているので、その可能性は捨てていた。
 とくれば、私を夜の蜘蛛と呼ぶ者には心当たりがひとつだけあった。
「おまえ、沙羅木組か」
 そう言うと、男の細い目がぎらりと光る。
「てめぇ沙羅木組の名を誰から聞いた」
「泥松からだ」
「泥松あの野郎」
 男は瞑目しているが、怒りはそこはかとなく感じられた。
 この男が帰ったら泥松が痛い目に遭うかもしれない。
「にしてもおまえら、本当に盗賊か? 普通は盗ったらすぐ逃げるもんだろ。泥松にしたって随分と間が抜けていたし」
「泥松に関しちゃ同意見だがな夜の蜘蛛さんよ。もし俺ら沙羅木組をこけにしようってんなら容赦はしねぇ」
 男は目を開き、三白眼で私を射抜く。
 それは獰猛な獣のように鬼気迫るものがあった。
 しかしそれもすぐに止め、再び目を閉じる男。
「火が消えねぇ提灯があるって聞いて盗んでみりゃよ、すぐに消えるじゃねぇか。で話を聞いてみりゃこのザマよ。万術が種ならどこの提灯だろうが行灯だろうが変わりゃしねぇ」
「悪党のくせに根性がないことを言うもんだ。盗賊なら盗賊らしく、楓と椿を攫おうって気にはならなかったのか?」
「お館の人間相手に無闇な真似ができるかよ。てめぇ、恐れを知らねぇのか、よっぽどの悪人か?」
「さてな。ちょっと前までは、少なくとも悪人だったよ」
 夜風が私と男の間にそよぎ、静けさを運んでくる。
 やがて静寂に痺れを切らした男が目を開いた。
「まぁとにかくまずはてめぇだ夜の蜘蛛。ちぃと痛い目見せて、沙羅木組には二度と関わっちゃいけねぇと体に刻み込んでやる」
 男の左手の手甲から三本の白刃が現れる。
 鉤爪のような得物らしい。
「不肖黒助。未だひとつとて恨みはねぇが悪く思うんじゃねぇぞ」
 低く、冷たい声でそう名乗る。
 私は抜刀したままの刀を構え、黒助に向き合う。
「その提灯は返してもらうぜ。大切なものらしいんでね」
 それから、しばらくは睨み合っていた。
 静寂の竹林。夜の闇。青の香り。虫の声。
 一陣、強い風が吹くと同時に、黒助は姿を眩ませた。
「消えた……?」
 闇に紛れ、どこかに掻き消えた黒助。
 その姿を探す。刹那、風も凪ぐ中、頭上の葉ががさりと揺れた。
 咄嗟に身を翻すと、先ほどまで私の立っていた地面に鉤爪を突き立てる、黒助の姿が現れていた。
「ちっ外したか」
 黒助はすぐに鉤爪を構え直して立ち、不機嫌そうに眼を細める。
 闇夜に目が慣れていないのが辛かった。
 黒助はそれを見抜いたように後ろへ下がり、闇に自分の姿を隠した。
 すぐさま、私しかいないような静寂が訪れる。
「くそ……」
 分が悪い。
 闇は黒助の助けとなっているらしいし、下手に刀を振るって黒助の持っている提灯を傷つけるわけにもいかない。
 せめて灯りがあれば……。
「……そうだ」
 灯りならある。
 私は今まで辿ってきた道を引き返し始めた。
「どこ行く気だこら!」
 黒助も私を追ってくる。私に一太刀浴びせたくて熱くなっているようだ。
 であれば提灯を取り返す機会を、なにも不利な暗闇のなかで待つことはない。
 この竹林を抜ければ、すぐそこには祭凰館がある。椿が点けていた提灯の灯りがある。
「逃がすかよ」
 しかし冷ややかな声と共に、上から私の前に黒助が降り立った。
 鉤爪を繰り出される前に刀を振るうが、僅か切っ先は届かない。
 返すように黒助の鉤爪が私の顔面を目がけて振り抜かれる。
 下がりながらこちらも反撃するが、しかし黒助を捉え損ねて空を切った。
 そして再び睨み合いになる。
「すぐ逃げ出すような腰抜けが吠えてくれたもんだ。その程度の足に俺が追いつけねぇとでも思ったか? あ?」
「この野郎……」
 安い挑発と分かっていても、腹が立つものは腹が立つ。
「さて終幕だ夜の蜘蛛。恨むならてめぇの運を恨むんだな」
 黒助が迫る。
 私は慌てて刀を構え直した。
 私はその迫力に圧されていた。
 黒助の鉤爪が届くという、その時だった。
 黒助の背後から炎が疾く迫りくる。
 突然の明かりに目を細めた。
 まるで生きている蛇のように、その炎は私と黒助の間に割って入った。
「なっ!?」
 眩しさと驚愕で注意が逸れ、黒助の鉤爪が私から逸れて炎を裂いた。
 熱を感じない炎だった。
 黒助は腕に持った提灯に火が点いたのを見て、何者の仕業かに気づくと、忌々しげに舌打ちをした。
「ちっ最悪だ」
 黒助は駆けると、一瞬にして私の前から消え去った。
 しかしまだ去ってはいないだろう、気配が残っている。
「はぁぁーっ、間に合ってよかったんよ! これぞまさに危機出発だぁ!」
「うん、危機間髪」
 盛る炎の間から、小走りで現れる双子の少女。
 楓は得意げに鼻の下をこすり、椿はその隣でほっと一息、安心したように息を吐いた。
「危機一髪じゃなかったか?」
 私は笑って言うと、楓は相変わらず元気な様子で目を見開いた。
「あーっそれです! さっすがお客さまです! 物知りですねっ!」
「またひとつ賢くなりましたー。ありがとうございます、知朱様ー」
「よく気づいたな」
「そこはそれ、私たちは見張り番なのですっ!」
「騒がしいことにはすぐに気づきましたよー」
 頼りになる見張り番だ。
 そう思いながら、背後にある巨大な樹に目を向けた。
 その太い木の枝に、さかさまになってぶら下がっている黒助を見つけた。
 足を枝の裏にぴったりとつけ、まるで蝙蝠のような様だ。
 右腕に括った提灯が仇となり、その姿をすぐに見つけ出すことができる。
「その万術で、私と椿の後をつけたんだな」
「ちっ」
 黒助の万術。それはきっと、天井や壁を歩くといった、全てを自由に渡り歩く術だろう。
 だからただ後ろを振り返っただけでは、黒助の姿を見つけることができなかった。
 黒助はさかさまのまま瞑目すると、大げさなため息を吐く。
「こりゃ分が悪ぃな」
「逃げるのか? すぐ逃げ出すような腰抜けに、私は負けねえぜ」
 黒助の言葉を借りて挑発を返す。
「蜘蛛てめぇ」
 黒助の怒りに火がついた。
 くるりと木の枝の上に乗り直すと、そのまま飛び降り、鍵爪を構える。
 そのまま私に迫り、一太刀浴びせようと鉤爪を振りかぶった。
「下がれ、おまえら!」
 刀身で受け、なんとか鉤爪を受け流す。
 大きく姿勢を崩した黒助。
 とったと思った。
 しかし直後、その場にもくもくと現れた白い煙に、刀の切っ先がぶれる。
 泥松も使っていた煙玉だ。
 怒って無闇に襲ってきたのではなく、私の近くに煙を起こすための攻撃だったらしい。
「お預けだ。次はタダじゃおかねぇからな。覚えてろよ夜の蜘蛛」
「待て! 黒助!」
「気安く呼んでんじゃねぇ」
 追いかけようと思ったが、後ろで楓と椿がせき込む声が聞こえ、その動きを止める。
 このふたりを放って追いかけるわけにもいかない。
 まさかとは思うが、計算ずくなのだろうか。
 だとしたら、なかなか侮れない相手かもしれない。
 やがて煙が晴れてくると、灯りがついたままの提灯が捨てられていた。
 目立つものを持ったまま逃げるのは無理だと思ったのだろう。
 後ろでは楓と椿が、口を抑えて咳き込んでいた。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫! 心配ご無用です! えほっ、えほっ」
「こほっ。はぁ。えらい目に遭いましたー。ご心配ありがとうございますー」
 楓は大きな声で喋ろうとしながら咳き込み続けるが、椿は静かな分、咳が止まるのが早かった。
「なら良かった。ありがとな。……にしても、もうちょいだったんだけどな」
「あの方はどちらさまですかー?」
「なくなった提灯を盗んだやつだ。悪いな、取り逃がして」
 椿は一瞬だけ目を見開いて、また微笑む。
「そうだったのですねー。ぜんぜんいいのですよ、そんなことは。ぜんぜんです」
「だいじょぶだいじょぶ……けほんっ」
「姉さま、だいじょうぶ?」
「だいじょぶー! えほんっ!」
「楓は無理すんなって」
 それでもまだ喋ろうとしては咳き込み、それを何度か繰り返して、ようやく収まった。
 私は提灯を拾い上げ、椿に手渡す。
 椿はにっこり笑って受け取ると、ぺこりとお辞儀をした。
 その隣で楓も同じようにお辞儀をすると、やはり元気いっぱいに聞いてくる。
「それじゃお客さまは、私たちのために戦ってくれたんですね!」
「まあ、そうなるのかな」
「それじゃ感謝感謝ですー。知朱様は優しいお人なのですねー」
 驚いた。
 そんなことを言われたのは初めてのようにさえ思えた。
「でも、私たちにとって思い入れがあるものとはいえ、知朱様がそう体を張って守るほどのものでもないのですよー?」
「そんなことはないだろ。今朝あんなに慌てて探してたのは、いったいどこの誰だったっけな」
「そのことはお忘れくださいよーもーう! 照れちゃいますからーまったく」
「お顔ほてほてになってるよ、姉様」
 椿は冷静な表情で目を瞑り、楓の続きを言う。
「提灯がなくなるのも寂しいですが、知朱様がそのために傷つくのは、もっと悲しいです」
 出会って一日も経っていないのに、そこまで言ってくれる。
 それが私には心底不思議で、暖かかった。
「知朱様の矜持とか、私たちの気持ちもあるかもです。でも、取り返すとか、そんなのは些事なのです」
 椿はそして、やんわりと微笑んだ。
「無理する知朱様を黙って見ているのは、私たちが無理ですよー。そっちのがよっぽど深刻です」
「……どうしてそこまで言えるんだよ? まだそんなに会話もしてねえのに」
「はて、どうしてでしょう? でも、これが普通のことですよー。理由なんてないです。ね、姉様?」
「うん、そういうことですっ!」
 もっともらしく頷く楓と、それを見てくすくす笑う椿。
「あっ、偉そうに説教なんか垂れてしまいました。ごめんなさいー」
 はっとしたように椿は頭を下げ、楓はそれに倣う。
 私は首を振ってふたりの顔を見た。
「心配かけたな、悪かった」
 二人はにこりとすると、いえいえと首を振った。
「心配もしたけど、やっぱり嬉しかったです」
 椿は提灯を大切そうに抱きしめた。
「さてと、火は消しちゃいますっ!」
 と、楓はめいっぱいに息を吸い込み、筒の形にした手を口に当て、炎に向けて吹きかけた。
 すると、明るいだけで熱を持たない万術の炎は、見る見る間に吹き消えていく。
「姉様の万術ですー。火は一瞬で吹き消しちゃうことができちゃいます」
 椿はそう言って話してくれた。
 あっという間に辺りの明かりがなくなると、残る光は椿が抱いた提灯の火のみ。
 その光がなんとも優しく、ゆらゆらと竹林を彩るのだった。



 三人揃って門まで来ると、最後に二人に向き直る。
「じゃ、またな」
「はーいっ! お待ちしてますー! 祭凰館は逃げませぬ! 提灯ありがとでしたー!」
「うんうん、ありがとでしたー。では知朱様、またおいでませー」
 挨拶も済み、帰ろうと踵を返す。
 その時、楓が大きな声で叫んだ。
 私は何事かと振り返ると、椿も驚いて楓のほうを見ている。
「たまげたー。どうしたの、姉様?」
「知朱さん、誰かに似てるなぁって思ってたら、ポンと来ました!」
「ピンと来いよ」
「ソレで来ましたっ! 知朱さん、祇明さんに似てる!」
 祇明という名前は、椿から聞いていた。
 たしか祭凰館の前のお館様で、提灯作りを手伝ってくれたと言っていた。
 隣で椿もぽんと手を打って、私の顔をまじまじと見つめる。
「なるほどです、ふむふむ。おかしな縁なのです。どこが似てると言われると微妙ですけどもー……。でも確かに、どこかの部分で……。それにしても祇明さんに似ているお方と、こんな形でお会いするとは」
 そうやって私を観察する椿に、私は苦笑した。
「私は知朱だ。似てようがなんだろうが、祇明ってやつとは何の関わりもないぞ?」
「はいー、それは分かっているのですが……。ふうむ?」
 椿は首を傾げる。
「思えばあの方も、人のために無茶をしては心配をかける、なんともやんちゃなお方でした。そういうところでしょうかねー?」
 やんちゃと言われて、いやいやと息を吐く。
「私って、そう見えてるのか?」
 自分ではとてもそうは思えないのだが、二人にはそう映っているのだろうか。
 どうにも複雑だった。
「っと、あやや、お引き止めしちゃいました、ごめんなさい! じゃ、また今度ー!」
「です。またー」
 二人に軽く手を上げて応えると、今度こそ帰路についた。
 自分に似ているという祇明はどんな人物なのだろう。
 そんなことに思いを馳せながら。



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