魚の町へ続く大橋を渡り、戌束という学者の家を探す。
 行き交う人に聞きながら、ようやく家を見つけ出した。
 銀次郎が以前に訪れていた学者の家。
 聡流にあの挑発的な文を送りつけた張本人に会うのだ。
 しかしその家の戸の前に、少女が座っていることに気づいた。



  ―『憑き物』―



 少女は暖かい陽だまりの下、眠っているようだった。
 すやすやと寝息を立てている。
 四つの狐面を紐で通して腰に巻き付けているのが印象的だ。
 さて、どうしたものだろうと考える。
 家を訪ねるには少女を起こさねばならない。
 だが穏やかな顔で眠っているので、起こしてしまうのは忍びなかった。
 しかし立ち往生していても仕方ないので、とりあえず近づいてみることにする。
「怪しい者がやってきたぞ、カクリよ」
 そのとき、どこからともなく声が降る。
 澄み切った深山のように通る声色は、どこか威厳のようなものを感じた。
 誰のものとも知れない声に、刀に手をかける。
「誰だ!」
 思わず声を上げると、少女が眠たそうに目をこすりながら立ち上がった。
 私の声か、先ほどの声か、どちらに起こされたのかは知らないが、少女はぼうとしたままこちらを見据える。
「…………だれ?」
 少女は呟くと、それに呼応するように空気が揺れる。
「先刻までカクリのことを見ていたようだ。怪しいことこの上ない」
 神聖さを感じさせる謎の声は、どうやら少女に話しかけているらしかった。
 私はどこを向いていいか分からず、少女の顔を見つめていると、僅かに顔を赤らめる。
「……そ、そんなに見つめないでくださいまし……」
 花の茎のように細い手で顔を隠し、潤んだ瞳でこちらを覗う少女。
 どうにも照れているようだ。
 まずは目を逸らし、もう一方の声を探りながら問う。
「戌束はいるか?」
 少女はおずおずと顔を出し、不思議そうな眼差しを私に向けた。
「せ、先生に御用ですか……?」
「ああ、聡流に紹介されて来た」
「言い逃れはできんぞ。いかに善良を装おうとも、その身に浴びた返り血の臭いは誤魔化せん」
 声は偉そうに言ってくる。少女の頭の上から聞こえてくるようだった。
 しかし肝心の姿が見えない。
「知ったような口を利くな。誰だか知らねえけど」
 万術の類だろうか。
 少女を見ながら注意する。
「待って、にょろ様……」
「カクリは甘いのだ。何ゆえ躊躇う。この者が善良であるという証拠などなにもない」
「で、でしたら、その方が悪人だという証拠だって……、その……」
「カクリには感じぬだろうが、あの者、どれほどの人間を斬ってきたのか分かったものではない」
 そうやって話す少女を眺めていると、ようやくひとつ気づいた。
 少女の周りの空気が歪んで見える。
 そしてそれは、巨大な蛇の形をしているように感じた。
 見えてしまうと、それは鮮明になる。
 白い巨躯に、赤い目玉、鋭い牙。
 神秘的かつ威圧的な存在感が、そこにはあった。
「……戌束に会いにきただけだってのに、ずいぶんと信用がないな、私は」
「そ、そんなこと」
 少女は俯くと、瞳が髪で隠れる。
「言うまでもなかろう」
 一刀両断する白蛇。
 学者に会いにきたと思えば、とんだ怪物と出会ってしまったものだ。
 白蛇はちろりと舌を出しながら、私に這い寄ってくる。
 私は咄嗟に刀を抜いた。
 白蛇の目が検分するように細められる。
「やはりか、娘」
「勘違いすんなよ、こいつはあんたが襲ってきたらやり返すためだ。私からはなにもしない」
「そうか」
 白蛇は荘厳な声で呟く。
「だ、だめです。暴れたら……」
 少女はそうやって白蛇に言うが、その声はまるで白蛇には届いていないようだった。
「ならばやり返してみせろ、小さき人間よ」
 言うや否や、白蛇の巨躯が私に迫り、大きな口を開けた。
 私を飲みこもうとするそれを、牙へ刀をぶつけて止める。
 間髪を入れずに転がり、辛うじてそれを避け切った。
 見かけ相応の力はないようだと思った。
 これならばと、私は真っ直ぐに白蛇の目を真っ直ぐに見つめる。
「……む」
 白蛇は立ち上がったこちらを見て唸る。
「これは懐かしき眼よ。そういうことなのか、イヌツカ」
 なにかを言いながら、私の顔をじっと見つめてくる。
「また来るのか?」
「小娘が生意気に粋がる。望むのならば試してくれよう」
 剣呑な気配。
 そこへ、少女が私と白蛇の間に割り込んできた。
「おい、危ねえぞ!」
「カクリ、そこをどけ!」
 左右から言われるが、少女はきっと白蛇を睨む。
 それは震えながらで力ないものだったが、白蛇は無視をしない。
「ど、どきません。……大切なお客人です」
「厄介な客やもしれぬぞ」
「…………」
 ふと、少女が私を見る。
 それに気づくと少女はさっと前を向いてしまった。
「……にょろ様。退いてください」
「…………。いいだろう。どのみちカクリには逆らえん」
 白蛇はそう呟くと、その気配を消した。
 少女は腰が抜けたようでその場にへたり込む。
「あ、あの。……にょろ様が、ごめんなさい……」
「……いや」
「き、傷を見せてください」
「傷?」
 私は刀を収めると、腕に小さな痛みが走った。
 白蛇の攻撃を受けて転がった拍子に擦りむいたらしい。
「この程度、なんでもねえよ」
「い、いえ、私たちのせいですし、そんなこと……」
「……まあいいんだけどよ」
 引き下がって気にされるのも何なので、私はおとなしく腕を見せる。
 少女はじっと見ると、立ち上がる。
「……よ、よかったら中で。その、先生は、いま、えと、お出かけで……す、すいませんっ!」
 私の顔を見ると捲し立てて、逃げるように家のなかへ消えていった。
「……なんなんだ?」
 ぽつりと呟き、とりあえず私は少女の後を追うことにした。



 部屋のなかは、すこし散らかっているものの広い。
 私には落ち着けそうな場所だった。
 少女は私の腕の手当をし終わると、ちらちらとこちらを見ては目を逸らしを繰り返している。
 なんとなくそれだけは落ち着かなかった。
「……なあ」
「は、はいっ」
 少女はびくりと肩を揺らして身構える。
 どうにも調子を狂わされながらも、言い出した以上は聞いてみることにする。
「さっきの蛇。あれはなんなんだ?」
 少女は袴に巻いた狐面をもじもじといじりながら言葉を選ぶ。
「にょろ様は、えと、私に憑いているもの……です」
 消え入りそうな声でそう答えた。
「……憑き物を、存知ですか?」
「狐憑きってのは聞いたことあるが、それか?」
 たしか、霊や物の怪の類が人にとり憑き、災いを呼ぶと聞いたことがある。
「私は、にょろ様に憑かれているんです」
「なんだ、悪者なのか、あの蛇」
「ち、違うんです!」
 語気を強めた少女は、小さな声で謝ってから話を続ける。
「私の万術なんです。生き物の霊を、憑き物として宿らせて、使役する……」
「使役? あの蛇、あんたの言うことを聞いてないように見えたぞ」
「そうではない」
 不意にあの白蛇の声がすると、透明な姿で現れる。
 外で見たときほど大きくはない。
「カクリが許しを下さねば、吾は何も出来ん。なにかを殺し喰らうことすらもな」
 白蛇はうんざりしたように息を吐いたようだった。
「しかし当の本人は、殺さぬことこそ平和と思っている。やり辛い者に憑いてしまったと後悔しない日はない」
「ああう……」
 情けない声を出して目を潤ませる少女。
「なら、私はどのみちおまえに喰われることはなかったのか」
「それでも傷つける程度であれば、吾であれば容易い。口と矛先には気をつけることだな」
「偉そうに」
 ぎろりと白蛇に睨まれる。
 しかしどれほど睨まれようが、さほど危険がないと知ればやりやすいように思えた。
「……あの、ところで、その。先生に御用なんですよね」
「ああ。そういや名乗ってなかったな。私は知朱。祇明のことで戌束に話があって来た」
「祇明、さん」
 少女はそうつぶやいて「そうでしたか」と恭しく頭を下げる。
「……私は、かくり。物を隠すの隠すって書いて、かくりです」
「そっか。傷の手当、ありがとな」
 そう言うと、隠は照れたように赤くなって顔を隠した。
 どうにも隠は人見知りするようだ。
「チズといったな、小娘」
「おう。なんだよ蛇」
「貴様……。いずれ天罰を下してやろうぞ」
 いっそ呆れたように静かに怒る白蛇。
「いったい何者だ? ギメイとの浅からぬ縁を感じるが」
「祇明に似てるってやつなら聞き飽きたぞ、私は」
「そうではない。吾は人間を似ている似ていないで判断はせん。その身に宿した魂を見る」
 注意深く白蛇は観察するように私を睨む。
 私はなんとなくうんざりして答えた。
「私は何物でもねえよ。ちょっと追われる身なだけだ。祇明とは何の繋がりもない」
「咽る程の血の香りは、己が逃げ延びるために斬った者共の返り血か」
「そういうことになるな。蛇って鼻が利くんだな」
「ふん。幾重の修羅場を乗り越えている割に、骨のない娘だ」
「それについては返す言葉もねえよ。あいつに会ってから、自分の弱さが身に染みている」
「ほう」
 白蛇は驚いたようだった。
 素直な切り返しが意外だったらしい。
 蛇は蛇で素直に感情を漏らすのだなと感心していると、隣の隠は小さく聞いてくる。
「その……、にょろ様に会って、恐ろしくなかったですか? だって……」
「別に、命を狙われるのは慣れてるからな。相手が人間でも蛇でも関係ない」
「……すごい度胸。肝が据わってて、いいなぁ」
 尊敬されても困る。が、悪い気はしなかった。



 それから小半刻ほど経つと、ようやく戌束であろう男が帰ってきた。
 隠が彼を迎える。
「あ、先生。おかえりなさい。えと、お客人。知朱さんっていうんですが……」
 部屋に入ってきた戌束はにやりと口角を吊り上げる。
「そうかそうか! ようやく現れたか、夜の蜘蛛! ずいぶんと待ち侘びたぞ!」
 そう言って痛快そうに笑い出す。
 その第一声に度肝を抜く。
 耳に良く通る声。蹂躙するような声だと思った。
 これが聡流にあの文を送りつけた者だと聞けば、なるほど納得した。
 私の前に座ると、愉快そうに目を細める。
「猿め。随分とのんびりしていると思えば、ようやく音を上げたようだな!」
 猿とは聡流のことなのだろう。
「あんたが戌束でいいんだよな」
「いかにも! 萌芽領の歴史を探り、研究する者だ。人は一口に学者と呼ぶがな。まあ仲良くしようではないか、夜の蜘蛛よ」
 さて、と戌束は話を切り込んでくる。
「猿の紹介で来たのだろう? 用件は分かっているぞ。僕の知っていること全てをお教えしよう!」
 そこまで言って戌束はくくっと笑う。
「これにて漸く祇明一世一代の願いが叶うというわけだ! 手の目に報告を受けたときはまさかと思ったが、ここまでとはな! 祇明の意志、運命、願望、影響力、強さ! 僕はまだ祇明を侮っていたようだ!」
 目を爛々とさせて捲し立てる戌束。その勢いに圧倒された。
「す、すいません。その、感極まってしまったみたいで……」
「喧しくて眠ることも出来ぬわ」
 おろおろと申し訳なさそうに謝る隠と、不満を隠すことをしない白蛇。
「苦労してんな」
「そ、そんなこともないんですけど。その、色々と自由にさせてもらえるので……。わがままを聞いてくれますので……。自分の意志に忠実になることが一番の良薬だとかで……」
「然り! 我が侭こそが人を真に活かすのだ! 我が侭に生きぬものは生きてなどいない! 意志なき雑兵でしかないのだ!」
 大手を振っての演説に圧される。
 聡流と比べると、見事に静と動が分かれていると思った。
 水と油というものだろうか。
「その点において、祇明はなかなかに面白い逸材であった。故に、夜の蜘蛛! 僕は君にも期待している!」
「なんで私に繋がるんだよ……。何度言ったか数えるのもうんざりするほどだが、私と祇明とは関係ない」
「今の君に言わせるならばな。だがそうも言えんのだよ。君と祇明は、実は密接した関係にある」
「……私と祇明に?」
 いったいどこで、私が祇明と関わったというのだろう。
 仮にどこかで会ったりしたことがあるとしても、戌束がそれを知っているとは思えなかった。
 戌束の口ぶりは、まるで私の存在を前もって知っていたかのようだ。
「では情報を開示する前に言っておこう。僕は出し惜しみをするつもりはない。知っていることは全てお教えしよう」
「それは話が早いな」
「ただし、祇明が殺された件については詳しく知らん。そこは祭凰館の問題だ、僕は関与できない。そちらでなんとかしてもらうしかない」
「じゃああんたは何を知ってるんだ?」
「なに、祇明殺害のすこし前に僕は祇明と会っていてね。面白い話を聞かされたのだよ」
「それを教えてくれるんだよな」
「無論のことよ!」
 気づいたら隠がお茶を運んできてくれた。
 私と戌束の前に置き、戌束の後ろに隠れるようにこそこそ座り込む。
「さて、事の発端は魚凰宴祭の五日ほど前のことだ。唐突に祇明が僕の元を訪れた」
 戌束はお茶を一口飲んで話し始める。
「僕はそのとき、祇明とは初対面でね。祭凰館のお館様が一学者の住居へ訪れるなど想像もしていなかった」
 そのときのことを思い出してか、戌束から小さな笑みがこぼれた。
「覚悟を決めた目をしていた。驚いたものだよ、祇明の成そうとする我が侭の内容にな」
「その祇明の我が侭ってのは、いったいなんだ?」
「己が死後、想いを遺す。それが祇明の願いだ」
 戌束の言葉はよく分からなかった。
 そんな思いが如実に出たらしい私の顔を見て、戌束はもったいぶるように笑った。
「まずもって、君は祇明の万術について知っているか?」
「いや、なにも」
「そうか。隠」
 呼ばれた隠はすこし悩むと、閃いたように席を立った。
 そしてすぐに小さな木箱を持って帰ってくる。
 戌束に渡すと、やはりその背中の後ろに隠れてしまった。
「これを見ろ、夜の蜘蛛」
 木箱のなかから戌束はなにかを取り出す。
 障子越しの光に線のように光る。
 それは糸のようだった。
「この糸を生み出すことが祇明の万術。本人は己の万術を嫌っていたがね」
「なんでだよ。ただの糸じゃないのか?」
「ではお見せしよう」
 戌束は口角を吊り上げると、背後にいる隠を見る。
 いや、隠というより、白蛇を見ているようだった。
「む?」
「すこしばかり付き合ってもらおう、大蛇よ!」
 言うと戌束は、その長い糸を操って白蛇の透明な身に巻きつけた。
「小僧! 貴様!」
「構わぬだろう? すこし鬱陶しいだけで済む!」
「今に見ていろ、犬めが……」
 鋭い眼で戌束を睨みながら文句を零すが、ひとまず観念したらしい。
 涼しい笑みを浮かべる戌束のなんと楽しそうなこと。
「さあ、見てみよ、夜の蜘蛛」
 白蛇の姿を見る。
 しかし、なにかおかしいところがあるだろうか。
 首を捻っていると、戌束は白蛇に手を伸ばした。
 しかしその手は白蛇をすり抜け、空を掴んで帰ってきた。
「分かるか? 白蛇に触れることはできんのだ。こういったものには戦意や殺意といった感情を持たねば干渉できん。さて、一方でこの糸はどうだ?」
 なるほど、絡まったままだ。
 実体のない相手でも縛ることのできる糸ということだろうか。
 問うと、しかし戌束は首を振る。
「無論、それもある。だが肝要なのはそこではない。この糸の真に特異な点は、思念すらも縛り付けることが出来る点よ」
「思念?」
「例えば死にゆく人間に糸を繋げば、その思念をそのまま捕まえることができる。いわば幽霊として現世に留まらせることができるのだ」
「幽霊、ね……」
 まだよくは分からない。
 戌束はさらに続ける。
「祇明本人には、そうして封じたものはまさに幽霊のように見えていたそうだ。幽霊は己を語ることができるし、意志を伝えることもできる。縛めにより自由は利かないようだがな」
 戌束は白蛇に絡めた糸を解いてやると、木箱のなかに糸を戻した。
 隠に箱を渡すと、そそくさと片付けにいく。
 甲斐甲斐しい姿だ。
「以上が祇明の万術の基礎となる。理解できたかな? これを踏まえて本題に戻るとしよう!」
 ぱんと手を打って、やはり戌束は楽しそうに笑った。
「祇明は死後の己に万術を使い、己というものを縛めることを目論んだのだ。時が来たれば、誰かに思いを告げるためだと言っていた」
「祇明は自分が殺されるって知ってたのか?」
「そのようだ。それすらも己の策に組み込む。まさに一世一代の大勝負よ」
「……その糸で封じた幽霊ってのは、祇明以外にも見えるのか?」
「うむ、そこが肝となる。察しの通り、他の者にはなにも見えぬし、なにも聞こえぬ。あくまで祇明の目にしか映ることはない」
 それでは祇明亡き今、その祇明の幽霊は誰にも見えないし聞こえないということだ。
 いったいどうやって、祇明の幽霊はその誰かに言葉を伝えるのだろう。
 考えていると、戌束はくくっと笑う。
「なんとも斬新! かつ飛躍的! 型破り! 発想の転換! 祇明には驚かされたものだ!」
「もったいぶってるつもりか?」
「否、心のままに言葉を連ねたのみよ。いつ思い出してもこの高揚は収まらぬ! ふはははっ、祇明! 起こすべき奇跡は残りひとつだ!」
 自分の世界が見えているかのような戌束。
 いつの間にか戻ってきていた隠は苦笑いをしていた。
 しばらくして、ようやく落ち着いた戌束はゆっくりと語りだす。
「祇明が託したのは、来世の己だ」
「は? 来世?」
 また飛躍したものだ。
「そう。元より思念と魂は同一。その片側が失われれば、自然、もう一方はそちらに引き寄せられる。と、祇明が運命を委ねた仮説はこうだ。くくくっ、なんとも無茶な理屈だろう」
 私はなんとか付いていこうとするが、どうにも追いつけない。
 悩む姿を見かねて、隠が助け船を出した。
「え、えと……。思念は一生に一回きりの、思い出とか、気持ち、人格のこと。死んだら消えちゃう。でも魂は消えず、新たな思念を宿して来世になる……って、考えられているんです」
 隠はたどたどしく説明する。
「それで、もし前世の思念が消えなかったら、今世の魂は前世の思念とくっつくために近寄ってくる……って、祇明さんと先生は考えている、です」
 なるほど、伊達に戌束を先生と呼んでいない。
 すこしだけ理解の助けになった。
 ひとまず隠に礼を言うと「そ、そんな……」と小さな顔を赤面させた。
「で、その祇明の来世には、祇明の幽霊が見えるってことか?」
「恐らくはな。祇明の来世が予期した通りにやってきたならば、もはや間違いはないだろう。念には念を、もうひとつ条件を被せておくといい。魚凰宴祭の日が良かろう。命日が関係あるかは知らんがな」
「……ま、それはいいんだけど。その祇明の来世ってのは現れたのか?」
「ふ、鈍い娘よ。なぁ、大蛇?」
 呼びかけられた白蛇は、今まで黙っていた口を開く。
「ほう、やはりそうか。この娘こそが」
「そういうことだ! 祇明は己の我が侭を貫き通したのだ! あまりにか細き可能性を見事、手繰り寄せた! あの華奢な手で以てな!」
 戌束は大きな声を上げて笑った。
「おい、何の話だよ?」
 言いつつも、自分の胸が高鳴っていることに気づく。
 妙な感じだ。
「ところで夜の蜘蛛よ。君は『祇明に似ている』と言われたことはないかね?」
 とくんと、一段と大きく胸が鳴る。
 その瞬間、ある想像が頭をよぎった。
「まさかだろ? そんなの」
「似ていると言われるのならば、近くに眠る祇明に魂が共鳴し始めた証拠だ! 祇明の思念を知らずのうちに感じ取っているのだ!」
 戌束の声を聞きながら頭を巡らせる。
 ただの偶然だ。似ていると言われる程度の。
 ここまで祇明の紡いだ糸を手繰ってここまでたどり着いたなんて、信じられる話ではない。
 いつの間にか手に汗握っていたことに気づき、固く目を閉じた。
 しかし戌束の声は耳に届く。
「夜の蜘蛛。君こそが祇明の生まれ変わりだ」
 あまりに予想外の真相だ、今、届く。
「祇明に会え。それが証明する一番の近道だ!」
 言葉は耳をするりとすり抜け、うまく頭に入らない。
 手の震えと、信じられない私の気持ち。
 しかし胸の高鳴りと、本能的な勘が、それは真実だと、私に告げるのだ。



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