戌束の話を聞いた後、祭凰館に戻ろうと鳥目山道を歩いていた。
 私の足取りはすこし重い。
 戌束に告げられたことを気にしていた。
 私が祇明の来世。いわゆる生まれ変わり。
 そんな荒唐無稽な話に、しかし「馬鹿な話だ」と笑いとばすことができなかった。
 胸のなかに、ある予感が湧き立ったせいだ。
 私の前世は本当に祇明なのだ。そう、頭のなかで響き続けているようだった。
 その話が本当ならば、私はどうすればいいのだろう。
 祇明に会えと戌束は言っていた。
 可能ならば魚凰宴祭の日が良いだろうと言われた気がする。
 その日は満月らしいので、今から数えて七日ほどで開かれるようだ。
 まずは残り一週間。
「……とりあえず、それまでにやることやらなきゃ、だよな……」
 私の前世が祇明だと、誰が信じてくれるだろう。
 紫子に言ったら怒られてしまいそうだ。
 胡氷に話してみたところで、たちの悪い冗談だと言われるだけだろう。
 とくれば、ひとまず頼れるのは……。
 私と会ってすぐ、戌束と話をした銀次郎。
 事件の詳細を解き明かすことに協力すると言った聡流。
 そして、狭間の檻に入れられている蛇火。
 それから、見張りの双子、楓と椿にも頼れるか。
 さてどうしたものかと思っていると、祭凰館が見えてきた。



  ―『斬一倍』―



 祭凰館の前の小脇にある竹藪のなかで、腰を下ろして涼む。
 すこし頭を落ち着かせようと思ったのだ。
 いろいろ聞いたあとで混乱した頭では、上手に言葉を伝えることさえできない。
 急がば回れだ。
 草の上でぼけっと座ったまま、一息つく。
 視線の先には祭凰館が見えていて、門の前では楓が鼻歌を歌ってくるくる踊っている。
 白い髪の毛も、生ぬるい風に吹かれて居心地良さそうにゆらゆら揺れていた。
 しばらく何も考えずにぼんやりしていると、ふと、背後から草を踏む音がした。
 獣だろうかと思い、後ろを振り返るが獣はいない。
 代わりに小さな人影が見えた。
 人影は仄暗い林のなかへ駆けていく。
 焦ったような足取りに怪しさを感じた私は、その人影を追いかけることにした。



 程なくして、すぐに人影の背中に追いついた。
 ただでさえ獣道すら見当たらない山のなか。そして進めば進むほどに足場が悪くなる隘路だ、そう簡単に逃げ切れるはずもない。
 途中でこけて、そのまま起きようとしない人影を見下ろす。
「おい、おまえ……。…………ん?」
 その姿は見覚えのあるものだった。
 人影は突然飛び起きて、しかしすぐに腰が砕けたようにへたり込む。
「え、ええいっ! 手前味噌泥松、煮るなり焼くなり好きにするっすー! ……あり?」
 泥松のほうも私が誰なのかに気づいて首を傾げた。
 そしてすぐに顔を青くする。
「よ、よ、夜の蜘蛛っすー!」
「いちいち声がでけえよ、泥」
「誰が泥っすか! 無礼千万極まれりっすー!」
「呼び名の無礼はお互いさまだろ!」
 一通りぎゃあぎゃあとわめき合い、どちらからともなくため息をこぼす。
「それにしても、なんだよ、泥松かよ……」
「うぐぐぅ、そういや人斬りヤンマと一緒にいたっすもんね、祭凰館の人っすよねぇ……」
 別にそういうわけではないのだが、細かいことは言うまい。事実、似たようなものだ。
「はっ! こうしちゃいられないっす! はやく用を済ませにゃならんっすー!」
 あわあわと立ち上がる泥松を見て、私は泥松の肩を掴んで動きを止めた。
「待てよ泥松。私との約束を忘れたわけじゃないよな?」
 銀次郎と泥松が戦った日のこと。
 『次に私と会ったら勝負しろ』と言っておいたはずだ。
 泥松もすぐに思い当たったようで口をあわあわと動かす。
「ま、ま、待つっす! 今は時間が惜しいんすよー!」
「おまえの事情なんか知るか、勝負しろ」
「否応なしっすか!? 鬼っすよ! 夜の鬼っす! 殺生っすー!」
 手足をばたばたさせる泥松。
 ああは言ったが、実はこちらも泥松と戦おうという気分ではない。
 小難しい話を聞いたり、祭凰館と魚の町を往復して疲れた。
 なので今の言葉はただの冗談。
 泥松で遊んだだけだった。
「で、こんな山になんの用だ? いや、たぶん祭凰館に用か」
「うぐぐぐ……」
 またなにかを企んでいるのだろうか、泥松はなにも言わない。
「私との約束を反故にするのは構わないけどよ。祭凰館に用なら、黙って見過ごすほど甘くはないんだ、盗賊さんよ」
「……分かったっすよ。ここに来たわけを洗いざらい話すっす。どうせ今回は悪事に手を染めるつもりはないっすからね。むしろその逆っす」
「逆?」
 泥松を離すと、泥松はこちらを見上げる。
「祭凰館に切餅子っていう女の子が忍び込んだらしいんすよ。おいらたちの仲間っす」
「切餅子? そいつはなんで祭凰館に」
「分からないけど、ろくでもないこと考えてるに違いないっす。なにか盗むとか……。で、きりもっちゃんがなにか仕出かす前に沙羅木組に連れ帰るのがおいらの役目っす」
「わざわざ止めるのか。おまえら盗賊だろ?」
「でもきりもっちゃんは、ただの女の子っす。沙羅木組が世話をしてるけど、悪い子じゃないんす。盗賊の仕事なんかさせられない。あの子を札付きにするわけにはいかないんす」
 善人なのか悪党なのか分からん男だ。
 しかしひとまずの事情は分かった。
「それで、どうやって祭凰館に入るつもりだ?」
「きりもっちゃんは自分の万術で忍び込んだと思うっす。なら同じ手は使えない。だから一から考えなきゃなんすけど……。うぐぐー……」
 思いついていないらしい。
 見張り番がいる以上、そう簡単には侵入できないだろう。
 なるほど、楓は泥松にしてみれば厄介な相手のようだ。
「あの見張りの女の子が突破できないんすよねー。あの壁は分厚いっす」
「さすがに祭凰館自慢の門番、難攻不落だよな」
「えへへへ、そんなに褒められると顔から火が出ちゃいますっ!」
「本当のこと言っただけ……。……ん!?」
 いつの間にやら楓が隣でにこにこ笑っていた。
 泥松は飛び跳ねるように驚く。
「で、で、出たっすぅー!」
「わあっ! もーお客さん、大きな声でたまげさせないでくださいよーっ!」
「ぎゃああああ!」
「お客さん、気をしっかりお持ちになってくださいな! あやや、咳き上ぐれちゃってます! えらいこっちゃ、いきなり出てきて申しわけないんよー! おめめ開けてくださいなー!」
 この状況に頭が痛くなる。
 泥松の悲鳴とおろおろする楓の、元気いっぱいなふたつの声が山を大いに活気づけていた。
 風情もなにもあったものではない。
「楓……。どこから聞いてた?」
「えへへ、実のところ最初から。がさがさーっと音がしたと思えば、知朱さんの後姿が山に走っていきまして。なんだろうと思い追いかけてみたのです!」
 びしっ、と背筋を伸ばしながら語る楓。
 気づかれないように注意したつもりだったんだが、さすがは見張り番というところだ。
「……ま、いいや。だったら話は早い。切餅子ってやつを探すの手伝ってくれないか?」
「な、なに言ってるっすか、夜の蜘蛛! おいらたちは盗賊なわけで……」
「はいー! 知朱さんがおっしゃるならば、地の果て山の果て! というより、元からそのつもりでした!」
「え、えええええ!? おいらの気苦労も知ってほしいっす! 侵入する手筈とかけっこう悩んでたっすよ!?」
 なにも思いつかないようでは失敗は目に見えているのだが。
 それでも首を縦に振らないのは、泥松なりの意地があるのだろう。
 いや、私たちを信用しきれないのが本心だろうか。
 そんなのはお互いさまだ。
「私、お客さまの行動に胸をうたれたのです」
 楓は胸の前で両手を組んで目を閉じた。
 私と泥松はその様子に首を傾げる。
「女の子思いなんですねっ!」
 ただ一言だけそう言って、お天道様にも負けないほど眩しい笑みを浮かべた。
「こいつが?」
「おいらが?」
 日輪も陰る木々の下、木漏れ日を一身に受ける楓は楽しげに目を細めた。



 祭凰館の空き部屋に三人揃って入りこむ。
 障子で閉め切れらた部屋のなかは薄暗くて涼しかった。
 きょろきょろと泥松は落ち着きない。
 それを見ながら楓は口に手を当てて小さく笑った。
「かくれんぼみたいでわくわくしますねっ!」
「もういっぱいいっぱいっすよー……」
 私は入り口をすこし開けて周りを見る。
 誰もいないことを確認してから二人と向き合った。
 祭凰館は広い。どこを探すか話し合わなければならない。
「まずはお客さん!」
「は、はいぃっ!?」
 泥松の肩がびくんと跳ねる。
 無理もないのだろうが、すこし怖がりすぎだ。
「その切餅子様は忍び込むのに万術を使ったって言ってたですね。いったいどのような万術なんでしょう?」
「うぐぅ……。こうなりゃ背に腹は変えられないっすね……」
 泥松はこほんと咳払いをする。
「きりもっちゃんの万術は、分裂する力っす」
「分裂?」
「一人が二人に、二人が四人に。そうして自分を増やすことができるっす」
「うーん、ただ人数が増えるだけなのでしたら、私が気づかなかったのは不覚と無念でいっぱいです」
 見張り番の矜持がそうさせるのか、本当に残念そうに眉根を下げる楓。
「ああいやいや! そう落ち込むこともないっす! ほんとに重要なのはここからっすから!」
 泥松はあわてて両手を振って、励ますように言葉を付け加えた。
「分裂して増えたきりもっちゃんは、分裂したぶんだけ体が小さくなるんすよ。小さな抜け穴とかもばっちりくぐれるし、小さくなれば他人の目を盗むこともお安い御用ってわけなんす」
「なるほどです!」
 ぽんっ、と楓は手を打った。
「次からは切餅子様の万術のことも反省して精進しますっ!」
 なんとも健気なことだ。
 泥松は楓の空気に呑まれたのかすこしだけ笑った。
「……ということは、何人かの小さな切餅子を見つけなきゃいけないってことか」
「そういうことっすね。一人見つけてしまえばなんとかなると思うんすけど……」
 なかなか骨が折れそうだ。
「それじゃ、さっそく探しはじめましょー!」
 しかし楓は前向きに号令をかけると、着物についた埃を落としてから部屋を出ていった。
 私も立ち上がると、泥松が心もとなさげにこちらを見上げた。
「おまえはここで待ってろよ。誰かに見つかっても面倒だろ?」
「うぅ、面目ないっす……。にしても、思いのほかお人好しなんすねぇ」
「誰かさんに似たのかもな。迷惑千万だ、ったく」
 そう言い置いてから、泥松を置いたまま部屋を後にした。



 適当に廊下を歩いていると、聡流の部屋の前を通りかかった。
 せっかくだから帰ってきたことを知らせよう。
 そう思い声をかけると、聡流がゆっくりと部屋から出てきた。
「帰っていたか」
 聡流はいつもの眠たそうな顔で私を見た。
「おう。戌束に会ってきたぞ」
「犬はうっとうしかっただろう?」
 犬。そういえば戌束のほうは、聡流のことを猿と呼んでいた。
 書いて字のごとく犬猿の仲というわけらしい。
 分かりやすいことだ。
「なにか収穫はあったか?」
「……まあな」
 私は言葉をはぐらかす。
 いまはまだ、自分の心の整理の時間が欲しかった。
 それに、今はちょうどやることもある。
 しばらく黙っていたこちらを訝しげに見つめる聡流の視線に気づくと、私は頭をかいた。
「話は後でもいいか? ちょっと頭を休ませないと、煙が出そうだ」
「わかった。……あぁ、そうだ。聞きたいことがある」
 と、聡流は部屋のなかに私を招き入れた。
 なかに入ると、今朝と同じくどこか閑散とした部屋の様子が目に入る。
「その子と知り合いだったりはしないだろうか?」
「?」
 その子。
 そう言われるが、ぱっと見てひとはいない。
 聡流を振り返ると、文机のあたりを指さした。
 そこへ目を向けると、ふさふさのなにかが落ちている。
 リスの尻尾に見えるが、私に動物の知り合いがいると言ったことがあっただろうか。
 しかしよく見ると、それはただのリスではないようだ。
 それは、静かな寝息を立てている少女だった。
 リスの尻尾を生やした少女は静かに寝息を立てている。
 その大きさはとても小さい。
 手のひらに乗せることもできそうだ。
「天井から落ちてきて頭を打ったようだ」
「へえ……。悪いけど知り合いではねえよ」
「そうか。当てが外れたな」
「でも、ちょっと縁があってな。こいつを探していた」
 頭を打ったにしては幸せそうに眠る少女。
 きっとこの少女が切餅子なのだろう。
「この娘、借りていっていいか?」
「それは構わないが……。なにか厄介事か?」
「まあ、そんなところだ」
 盗賊がここにいると言って騒ぎになるよりは、やはり黙っていたほうがいいだろう。
 切餅子を手のひらに乗せる。
 声をもらしながら身じろぎしていた。
「じゃ、ちょっと行ってくる。今日中には話すから」
 そう言い置くと、聡流の部屋を後にした。



 泥松のいる部屋に戻ると、泥松はそれはもう驚いた顔をしていた。
「早いっすね!?」
「運がよかったんだよ」
 畳の埃をすこし払って、そこに切餅子を寝かせる。
 この娘で間違いないらしい、泥松はほっと息をついて安心していた。
「良かったっすぅ……」
「でもこいつ、頭を打ったそうだぜ。大丈夫か?」
「体だけは丈夫っすから、きりもっちゃんは」
「ふうん。……なあ、こいつの尻尾って」
「? ああ、そうだったっすね」
 泥松はやるせなさそうに眉を八の字にした。
「この通り、尻尾の万術持ちなんすよ、きりもっちゃんは」
「へえ、そんな万術もあるのか」
「? そんなに珍しい話っすかね? 人斬りヤンマだって同じような万術っすよ?」
 きょとんとしながら泥松は言う。
 銀次郎の手には目がついている。
 それと同じ万術ということらしい。
 泥松は妙な顔をしながら私を見る。
「夜の蜘蛛って、もしかすると、人里の大地からきたひとっすか?」
「人里の大地?」
「ああ、いや! 分からないならいいっす、気にしないでほしいっす!」
 慌てて両手をぶんぶん振り回す泥松。
「人里って……。言っちまえばこのへんも人里だろ?」
「そ、そうっすね! うん、その通りっす!」
 なにやら引っかかるが、いまは置いておくことにした。
 泥松は気を取り直すように咳払いをする。
「とにかくっすね。そういう万術を持ってるひとは、どうも嫌われるきらいがあるんすよ」
「へえ……。ああ、つまり尻尾のことをみだりに話すなってことか?」
「そんなところっす。幸い、夜の蜘蛛は気にしていないみたいっすし、どうかひとつ、お願いするっす」
「どのみち盗賊のことを話すつもりはないぜ。安心しろよ」
 しかし、なにかと大変なんだなと思った。
 銀次郎もそういう理由があるから、手の目を包帯で隠しているのだろうか。
 たしかに私も、すこしは気味が悪かったが。
「いやあ、ここいらのひとは気が優しいって聞いてたっすけど、本当なんすねー」
「私の前でそんな世辞を言ってもなにも出ないよ」
「でもほんとのことっす。実は魚の町の、月屋ってお店なんすけど、盗みを働いたおいらと知っても快く飯を食わしてくれて」
「無茶するな、おまえ……」
 たいした度胸だ。
 そう思ったが、私は私で追われる身なのに、店で飯を食べることはままあった。
 ……それとこれが同じだとは思えないが。
「もうたまらんくらい美味かったっすー……」
「だよな。あそこは美味い」
 また行きたい。
 もろもろが片づいたら、昼飯を食いにいってみよう。
「…………」
 思いがけず話し込んでしまった。
 気分を切り替える。
「それより、切餅子だけどよ。かなり小さくなってるが、いったい何人に分裂してるんだ?」
「そうっすねぇ。八人くらいっすかね」
「…………」
 気が遠くなる話だ。
「そ、そんな怖い目で見つめないでほしいっす! おいらは正直に言っただけっすよー!?」
「物にあたりたくなるときもあるさ」
「物扱いっすか!? 一応おいらも血の通った人間なんすけど!? こちとら生きてるっすよ! なめないでもらいたいもんすね!」
 泥松が怒鳴っていると、部屋の近くをぱたぱた走る足音が聞こえた。
 足音の主、楓が部屋に飛び込んでくる。
「見つけましたっ! この子たちですよね?」
 楓の手のひらでふたりの切餅子が寝息を立てていた。
 それらをそっと私が連れてきた切餅子の隣に寝かせる。
「なあ、泥松。ひとりが眠ったら他の切餅子も眠っちまうとかあるのか?」
「うーん、寝るかどうかは分からないっすけど、痛みはみんないっしょに感じるらしいっすよ」
 なるほど、ならばそれだ。
 聡流の部屋でひとりが落ちて、頭を打って気を失ってしまったから、他の切餅子も同じように気絶したのだろう。
 ならば他の切餅子も眠っていると見て良い。
「まだ探しようもありそうだな」
「ですねー!」
 楓は輝いた瞳でうなずいた。
 実に嬉しそうだ。ひとの役に立つのがそんなに嬉しいのだろうか。
「では、またいってきまーす!」
 そう言って部屋を飛び出していく楓。
 私もゆっくりとその後を追いかけた。



 歩き回っていると、廊下で銀次郎と鉢合わせた。
「おっと、蜘蛛の嬢ちゃん」
「銀次郎。ああ、そうだ。紫子を説得してくれてありがとうな」
「ははっ、礼なんていいさ」
 久しぶりに会っても、銀次郎はよく笑う。
「調子はどうだ? 祇明さんのことを調べてるんだってな。猿に聞いた」
「まあな」
 そこで、そういえばと気がかりがあったことを思い出す。
「……銀次郎は」
「ん?」
 うまく言葉がまとまらない。
 しばらく悩んだ末、けっきょく率直に聞くことにした。
「私と初めて会った日、戌束に会っただろ? なにを話したんだ?」
「ん? 蜘蛛の嬢ちゃん、犬のことを知ってたっけ?」
「ついさっき会ってきたんだよ。聡流に頼まれて話を聞きにな」
「へえ」
 銀次郎は興味深そうに、そして楽しそうに笑う。
「詳しい話は後回しにするけどさ。銀次郎は知っていたのか? 私が……」
 私が祇明の来世だということ。
 だがそう聞こうとして思いとどまる。
 変なことを口走って、もし銀次郎が知らなかったらおかしなことになる気がした。
 そう思って口を閉ざしていると、銀次郎は意味深な笑みを浮かべる。
「そっか、聞いたんだな。ははっ、それで深刻な顔をしてんのか?」
「そんな顔してるつもりはねえよ。……やっぱり、そういうことなのか?」
「まぁ、なんだ。心の準備ができたら話し合うとしようぜ。待ってるからさ。……気負うなよ?」
 私はうなずく。
 すると銀次郎はやはりけらりと笑った。
「なにかやってるんだろ? また後でな。じゃな、蜘蛛の嬢ちゃん! 今度なんかうまいもん食いに行こうぜ」
 そう言って銀次郎は廊下の奥へ進もうとして、一度振り返る。
「おっとそうだ、蜘蛛の嬢ちゃん!」
 と、向こうで銀次郎は笑ったまま。
「おかえり」
 と、言った。
「ああ、ただいま」
 銀次郎は満足そうにうなずいて廊下の奥に消えていく。
 なんでもない掛け合いだったが、なんとなく胸が熱くなった。
 戌束が言うには、祇明の墓が近い祭凰館では特に、祇明と心が共鳴するという。
「……祇明。これは、あんたの気持ちなのか?」
 胸に手を当てて呟く。
 問いかけには誰も答えなかった。



 しばらくして部屋に戻ると、すでに楓がすべての切餅子を見つけた後だった。
 ……さすがは見張り番。
 だてにお館を見回っていない。
「ほんと頭が下がる思いっす!」
「だったらしっかり頭を下げてみせろよ」
「男はそう簡単に頭は下げないんすよーだ」
「あ?」
「そんな怖い顔で見ないでほしいっす! ごめんなさいっすー!」
 本当に口だけの男だ。
「お二方、楽しそうですっ! ここはひとつ、私もお客さんに睨みをきかせるべきですかね?」
「勘弁してほしいっす! やっぱり怖いところっすよ、祭凰館は!」
 なにやらわめく泥松をよそに、切餅子のふさふさな尻尾がぴくぴくと動きはじめた。
 それから八人の切餅子がいっせいに目を覚ます。
「ふぁ?」
 間の抜けた声をもらしながら、同時に起き上がる。
 その光景は見ていて奇怪なものだった。
「あれ? 泥松兄さん。うち……。う、頭、痛い」
 動物のように目をくりくりさせながらひとりがそう言うと、みんな一斉に頭を抱えた。
 泥松は安心したように息をつく。
「良かったっす……。頭を打ったらしいっすよ?」
「うーん。たしか、えーっと……。そうだっ! 祭凰館で金目のものを!」
 私たちの姿が見えていないのか、そう口走る切餅子。
 口の軽さは、なるほど泥松を兄と呼ぶだけあるらしい。
「それはいいから、帰るっすよ!」
「やだ! 沙羅木さんの役に立ちたいの!」
 べえっ、と八人の切餅子がいっせいに舌を出す。
 そろそろ面白くみえてきた。
「あーもう! とにかくひとりにくっつくっすー!」
「むー」
 唸りながら、切餅子はしぶしぶみんなでくっつき合う。
 すると、一瞬にして煙が上がったかと思うとすぐに晴れ、そこには並の大きさになった切餅子がひとり座り込んでいた。
 頬を膨らませて不満げに泥松を見上げている。
「勝手なことをしちゃだめっすよ! みんな心配するんすから!」
「なにさ! みんなだって無茶してるくせに!」
「きりもっちゃんは別っす。無茶させられないんすよ!」
「なにそれ! うちが弱いから? うちは強いんだ! 泥松兄さんにだって負けないんだ! 盗みだってお茶の子さいさいだもね!」
「はいはい、わかったっすから。沙羅木さんお心配してたっすよ」
「え……?」
 突然、切餅子の頬がぽっと赤くなる。
 急に静かになった。先ほどまでのじゃじゃ馬ぶりはどこに行ってしまったのか。
「そ、そっか。沙羅木さんが、うちのことを……。えへへ、もー嬉しいなぁ、嬉しいなぁ」
 頬に手を当ててもじもじしている切餅子を泥松はじぃっと見つめ、やがてふうとため息をつく。
「迷惑かけたっすね。ふたりには恩ができたっす」
「盗賊に好かれても嬉しかねえよ」
「そうですかー? お友達が増えたみたいで嬉しいですけどねー?」
「盗賊だぞ? 悪党だぞ?」
「でもでも、お客さんは悪い方にはぜんぜん見えないですっ! だから大丈夫!」
 楓は両手を合わせてにっこり微笑む。
 泥松は「いやぁ」と頭をかいた。なにを照れているのだろう。
「夜の蜘蛛。本当に助かったっす」
「ほとんど楓がやってくれたんだ。私は関係ない」
「そうでもないっすよ。えーっと」
 泥松はなにやら考えると、にかっと笑って胸を叩いた。
「おいらも男っす! 勝負の約束、果たすっすから! 首洗って待ってろっす、夜の蜘蛛ー! ……てな具合で、貸し借りなしにはならないっすかね?」
 都合のいい話だが、分かりやすくて上等だ。
「知朱」
「はぇ?」
「私の名前だよ。夜の蜘蛛じゃねえ、しっかり覚えとけ」
「……う、うっす!」
 泥松は短く返事をした。
 そしてまだ赤いままの切餅子の手をつかむ。
「さ、帰るっすよ。みんな待ってるっす」
「えーっ。だって、手ぶらで帰るなんてできないよ……。笑われちゃうもん」
「誰も笑わないっすから。ね?」
「ううー……」
 こちらをふと睨みあげる切餅子。
 なんだか知らないが悔しそうだ。
 また侵入されるかもしれない。
 そう思うが、ふと隣を見て、その心配はないかと思い直した。
 祭凰館には優秀な見張り番がいる。二度目はないだろう。



 外まで送ると、泥松たちは並んで歩いていった。
 たまに言い合いをしながら駆けていくふたり。
「なんだか、兄妹みたいですねー!」
「そうだな」
 兄妹。
 そういえば血の繋がりがないとはいえ、祇明は蛇火の妹だった。
 このふたりも、向こうを歩く泥松と切餅子のように、肩を並べて歩いたりしたのだろうか。
 そう考えると、すこし不思議だ。
 その祇明の来世は私で、私は祇明に似ているらしい。
 ならば私と蛇火も、あんなふうに微笑ましい兄妹に見えたりするのだろうか。
「……いや、それはない! ぜってえない!」
 思わず声を上げると、隣で楓がびくっと飛び跳ねる。
「ひゃあっ! もーたまげましたよ! 知朱さん、どうしたんですかー?」
「……。いや、なんでもない」
 空を見上げて、まだ日が沈むまでには時間がありそうだと思う。
「…………」
 そろそろ決心をつけるべきだろう。
 私と祇明とを繋ぐ糸。それと向き合う決心。
 十分に頭は休めたし、落ち着いた。
 聡流に話しにいくならそろそろだろうか。
「……なー、楓」
「はい、なんでしょ?」
 私の顔を見て首を傾げる楓。
 目を合わせられず、なんとなく遠くを眺めた。
「私の前世は祇明だって言ったら、どう思う?」
「……へ?」
 間の抜けた声が返ってきて、思わず笑ってしまった。
 それはそうなるだろう。
「なんでもない、忘れてくれ」
 私は楓に笑って言うと、祭凰館のなかへ入っていった。



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