聡流の部屋には銀次郎もいた。
「よ、待ってました!」
 銀次郎はそう言って私を迎え入れる。
 聡流も隣で私のことをじっと見つめていた。
 えらく緊張して入ってきただけに、銀次郎の明るい声はありがたかった。



  ―『糸を辿れば』―



 ひとつひとつ、ゆっくりと戌束に聞いてきたことを話す。
 話し終わる頃、遠くでカラスが鳴く声がした。
 外はすっかり夕刻だ。
 障子を透き通って入る光もほのかに赤みを帯びている。
「……なるほど」
 私の話を考えたのち、聡流は呟いた。
「正直、驚いた」
 そう言う聡流の目は子どものように輝いていた。
「君の前世は祇明殿。そして君がここへ来たのは、祇明殿が起こした奇跡の産物か……」
「戌束はそう言っていた」
「そうか……。なるほど」
 じっと目を伏せて固まる聡流。
 その隣では銀次郎が相変わらず気楽そうにしていた。
 しかし銀次郎は自分からなにかを言おうというつもりはないらしい。
「……あのひとなら本当に考え得る。……はは、犬も手を貸すはずだ。奴の大好物だな」
 着物の袖で口元を隠しながら小さく笑う。
 高揚しているようだった。
「さて、聞きたいことは多々あるが、すべてを知ろうとしていては日が暮れてしまう。早速本題に入ろう」
 その言葉に緩んだ緊張を取り戻す。
「祇明殿は死後、誰かに伝えたいことがあった。だから己の万術を用いて思念をこの地に縛り付けた。後に現れる己の来世にすべてを賭けて」
「なあ、ひとついいか? そもそも祇明が死んだのはいつのことなんだ?」
「二年前になる」
「……え?」
 二年前。
 祇明の来世が私なら、私が生まれる前のことかと思っていたのだが。
 聡流は「そうだった」と呟いて目を逸らす。
「…………。今は横に置いてくれ。そういうこともある、とね」
「いや、いいのか……?」
「本題とはずれるのでね。今はそれで納得しておいてほしい」
「聞けば、そういうこともあるで納得できることなのか?」
「もちろん」
「……分かったよ。じゃあもうひとついいか? また答えられないはなしだぜ」
 苦笑しながら聡流は言葉を促す。
「祇明は私を使って、どうやってその伝言を伝えるつもりだ?」
「おそらく憑依するのだろう」
「憑依?」
「祇明殿の思念は、君の魂と波長が合う。なにせ元の宿り木だ。そんな君の魂に入り込むと思念は具現化、君の体をのっとり、祇明殿の姿を映す」
「……悪い。なに言ってるか分からん」
「ならば理屈は抜きで言う。いったん君は祇明殿になる。記憶、人格のすべてが祇明殿のものになる。そして祇明殿の意思で言葉を伝える」
 聡流は言葉を選びながら言う。
「君がすべきことは、祇明殿の墓へ赴き、祇明殿に会い、身を委ねる。これだけだ」
 それだけ聞くと簡単だ。
 しかし肝心なことがまだ分かっていない。
「そもそも祇明が言葉を伝えたい相手ってのは誰で、なにを伝えたいんだ?」
「それを紐解くためには、やはり祇明殿が死んだ晩のことを解き明かさねばなるまい」
 なるほど、結局はそこに戻ってくるらしい。
 なにも考えずに祇明に会うわけにはいかない。
 もし言葉を伝えたい相手がいなければおしまいだ。
 きっと失敗すれば、祇明が二年間この地に縛り付けられてきた時間が無駄になる。
 それは避けなければならない。
 と、そこまで考えてふと思い当たる。
 私は紫子の怒りをなんとかしたいのであって、そこまで祇明に付き合う道理はないのではないか。
 ……いや。祇明の最後の願いを叶えてやれなければ、それこそ怒られてしまうだろうか。
 難しいものだ。
「実のところ僕は、蛇火殿が祇明殿を殺したという言葉さえ信じられずにいる」
「……? どういうことだ?」
「蛇日殿は祇明殿を殺していない。ただ、誰かをかばうために嘘をついているのではないかと思っている」
 そんなことをする理由があるだろうか。
 妹を殺した相手をかばうなんてことがあり得るだろうか。
 考えていると、銀次郎は指を鳴らした。
「ま、そりゃないだろうなと俺も思ってるぜ。蛇火のやつが祇明さんを殺すなんざ、天地がひっくり返ってもありえないさ」
 銀次郎までそんなことを言いだした。
 蛇火はそれほど信用できる人物か、私は首を傾げた。
 ……ただ私が一方的に嫌っているだけなのだろうなと思う。
「だとしたら、誰が殺したんだ? 他には銀次郎、紫子、胡氷しかいないんだろ?」
「言っとくが俺じゃないぜ」
「口でならなんとでも言えるだろ?」
「はは、こりゃ手厳しい」
 両手を上げておどけて笑う銀次郎。
 私たちのやり取りを見ながら、聡流が言葉を発した。
「さて、手目銀次郎。祇明殿が言葉を伝えたい相手について、なにか手がかりはないかな」
「手がかりね。俺にはなんとなく、祇明さんが誰と話したいのか、察しはついているんだよな」
 銀次郎はそう答え、もったいつけた。
 聡流はじっと銀次郎を見つめる。
 銀次郎は視線に応えるように言う。
「二年前の魚凰宴祭、それよりちょっと前の数日間。どうも祇明さんは、あるひとを避けているようにみえたのさ。きっとそのひとだと思うぜ」
「それは誰だ?」
「胡氷さんだよ」
 銀次郎は平然とそう言った。



 もうすぐ日は沈み、闇夜に包まれる。
 それでも火のついた提灯があれば、祭凰館も明るいものだ。
 ゆらゆらと明かりに照らされる廊下を歩く。
 せっかくなので話がしたくなった。
 私は考えなしだから、なにを聞いていいのかは分からない。
 それでも聞いてみたいことがひとつだけあったのだ。
「あら、知朱さん。久しぶりね」
 私の歩みは止まることなく、胡氷が座っている部屋までたどり着く。
「どーも」
 私は適当に応えてから、すこし周りを見渡した。
「紫子、いないんだな」
「ええ。あの子に用?」
「いや、そうじゃない。ただ、あんたの護衛だって聞いていたから」
 胡氷のことであそこまで怒るような紫子のことだ、いつもくっついているものだと思っていた。
 胡氷はくすくすと笑う。
「私なら大丈夫よ。あの子はすこし心配性なの」
「…………なあ、胡氷さんよ」
「なにかしら?」
 まっすぐに見つめられて、言葉を飲み込んでしまいそうになる。
 それでも私はまっすぐに見つめ返して尋ねた。
「もし、死んだやつと話をできるとしたら……あんた、会ってみたいと思うか?」
 胡氷の表情がさっと曇る。
 透明な顔色がわずかに青くなったようだった。
「あなた……、祇明に似ているだけじゃなくて……、なにか知っているの?」
 不安そうに小さくこぼす胡氷。
 私は知らぬふりをした。
「例えばの話だよ」
「そう……」
 胡氷は深く息を吸って、吐いて。
 額に浮かんだ玉のような汗を拭うが、その手も濡れているように見えた。
「会う資格なんて、あるはずがないものね」
 雪のように冷たく、そうつぶやいた。
 その後で繕うように顔を引き締める。
「父様や母様になら、会いたいのだけれどね」
「……そっか。悪いな、変なことを聞いたみたいだ」
 じゃあな、と手を上げてから部屋を去ろうとする。
 胡氷は私の背中に言葉を投げかけた。
「あなたはどうなのかしら? いなくなったひとに、会いたいひとはいる?」
 ……考えるまでもない。
 そう思って、胡氷を振り返って答える。
「いねえよ。だからすぐに思いつくあんたが羨ましいぜ」
 そう言って、障子越しの光を見た。
 ちょうど日は落ちて、清かな夜が始まったようだ。
 青白い光が涼しげに漂っていた。



目次 次話

inserted by FC2 system