祇明さんの死は、皆の心を色濃く陰らせた。
 深く黒い闇色が祭凰館から多くのものを奪い去っていくことになった。
 かつての祭凰館はもうここにはない。
 在るのは今の祭凰館。
 祇明さんを諦め、しかし諦めきれずに足掻く者たちだけだ。
 始まりは、二年前のあの夜のこと。



  ―『銀次郎の追憶』―



 風切山を越えた先にある広大な森林。
 俺はその場所で、精神を集中させながら立っていた。
 そよぐ風に揺れる葉と、そこから連なる無数の枝、繋がる幹。
 気配のみで探りつつ、ゆっくりと刀の柄に手をかけた。
 そのまま愛刀を抜き、真っ直ぐ前にやおら突き出す。
 風が止んだ刹那、刀で空を切り裂く。
 自慢の剣技、ヤンマ斬り。
 その斬撃は風か蜻蛉のように宙を駆け抜け、やがて小さくなり消えていく。
 いい具合だと満足しながら刀を納めると同時、森林に轟音が轟いた。
 それは俺の周囲にある大木の何本かが、ヤンマ斬りによって断たれた切断部からずれて倒れる音だった。
 俺を避けるようにして崩れていく木々。
 崩れ落ちた場所から立ち上る青い香りが鼻をつく。
 ひとまずはこんなものでいいだろう。
 そう思って報告に向かおうとしたとき、背後からゆったりとした拍手が聞こえてきた。
「また腕を上げたね、手の目の兄さん」
 祭凰館のお舘様、祇明さんの声だった。
 俺は振り返ると口元を歪めて笑う。
「ははっ、こんなところまで付いてくるとは、迷子の嬢ちゃんも暇なんだなぁ」
 風切山の祭凰館からはそこそこの距離がある。
 祇明さんはつい先ほど出来上がった切り株に座ると、項垂れながらも笑い返す。
「そうでもないよ。抜け出してきちゃって、どうしようかなーってなってるからね」
「なるほど、仕事は胡氷さんに押し付けて手間を省いてる最中ってか?」
「うっ、胸が痛くなる言い方はやめてくれないかな……?」
 祇明さんの声があからさまに沈む。
 祇明さんのこういう声色は分かりやすくて助かる。
「ま、いいんじゃないか? お偉いさんは来たるべきときに備えて力を蓄えとくもんさ」
「そう、それ! そういうこと! さっすが手の目の兄さん、良いこと言うなぁ」
「まあつまりは、そろそろ魚凰宴祭の準備で忙しくなるんで、そんときに備えて休もうぜってことになるよな」
「うぐっ」
 ふしゅうと空気が抜けるように、倒れた木の幹にもたれこむ祇明さん。
 俺はその様子を見て笑う。
「ははっ。じゃあま、俺の仕事は木を切り倒すことだけだし、そろそろ帰るが、祇明さんはどうするんだい?」
「んん……。手の目の兄さん、他に用事ってないの?」
「特別急用はないぜ。ちょっくら魚の町に立ち寄ってみるかなとは思ってはいるけど。来るかい?」
「んっ、行くー」
 ぴょんっと切り株から跳ねるようにして立ち上がると、手を後ろに回して笑い声を漏らす。
 俺は笑い返すと、祇明さんを先導してのんびり歩みはじめた。



 魚の町にある食事処『月屋』で、祇明さんと適当な昼飯を食べながら歓談する。
 正確にはもう一人、月屋の看板娘の嬢ちゃんも一緒だった。
 次の魚凰宴祭が楽しみだという話を振られて、祇明さんは力なく笑っていた。
 これからの仕事の多さを嘆いているのだろう、消え入りそうな声だった。
 しばらくして看板娘の嬢ちゃんが仕事に戻る頃には、すでに昼食を終えようとしていた。
 ふと気づくと、うずうずとせわしなく手や頭を動かす祇明さんの気配に気づく。
「菓子でも買っていきますか、お舘様?」
 からかい半分で言ってみると、やはり菓子が狙いだったようでびくんと体が跳ねる。
「い、いいかな? 大丈夫かな?」
「ん? 大丈夫じゃないわけでもあるのかい?」
「い、いやぁ……あはは」
 ごまかそうとする祇明さんの声に、俺はすこしだけ考えてみた。
 するとすぐに答えに行き着いた。
「仕事終わりのご褒美にでもしたほうが?」
「うぐぐっ」
 なるほど、これまた図星だ。
 祇明さんは非常に子供らしいところがあり、一段落したあとのご褒美に菓子をくれると聞いたらやる気を出す。
 たぶん、胡氷さんとでも約束があるのだろう。
 その前に食べてしまって良いものか、判断しかねているらしい。
「手の目の兄さん、鋭すぎるよ。刃物にでもなったらいいんじゃないかな?」
「そりゃあいい。祇明さんが使ってくれるなら、包丁であれ鋸であれ切れ味は折り紙付きだろうな」
「手元が狂って私が切れちゃうと思うけどね、それもばっさりと」
「刺さるほうかもしれないぜ。ぐさぐさーっと」
「胸のあたりにね」
「ははっ、そうそう。なにしろよく喋る刃物だからな、刃こぼれせずに毒を吐くってな塩梅だ」
 もはや頭を使わずに口だけを動かしている。
 祇明さんも似たような感じだろう。
「じゃ、こうしようぜ。菓子は秘密で俺たちが食っちまおう」
「いいね、それ!」
 俺の案はすぐに採用されたらしい。
 善は急げとばかりに祇明さんは立ち上がった。



 菓子を買って祭凰館に持ち帰ると、紫子ちゃんに早速みつかってしまった。
 紫子ちゃんは気まずそうに、しかし心底ほっとしたように息を吐く。
「お舘様、無事でよかったです」
「ただいまー、紫子ちゃん」
「胡氷さんが心配してました。あ、いえ、困ってました」
「あははー……」
 今度は祇明さんのほうが気まずそうに笑う。
 きっと視線が右往左往していると思う。
 紫子ちゃんはきびっとして、感情を表に出さずに口を開く。
「困った子認定されましたよ」
 胡氷さんの呆れた声がそこに居るかのように聞こえる気がした。
 なるほど、やんわりと言ってはいるが、とことん呆れられてるんだろうな。
「まずい、怒られちゃうね……」
 祇明さんもそれを直感したのか、あわてて祭凰館のなかへ駆け足。
 菓子の入った包みを持ったままの俺は、さてどうしようかと頭をかいた。
「銀次郎も、お疲れさまでした」
「おう、紫子ちゃんもお勤めごくろうさん」
「いえいえ、私は、そんな。そんなそんな、です」
 本人はそう言うが、おそらく祇明さんがいなかった間の仕事を手伝ったのだろう。
 紫子ちゃんはそういう優しい子だ。
「……それ、お菓子ですか?」
「そうだぜ。勘付かれちまったなら仕方ない、祇明さんと三人して食うか」
「お舘様はしばらく解放されないと思います……」
「そりゃまずいな、腹を壊しちまう」
 そんなにすぐに悪くなるようなものは買っていないつもりだが、さすがにお舘様の仕事は多いのだろう。
「ま、お互いにやることはやったんだ。しばらく休むとしようぜ」
「はい。……あの、その、ご一緒しても、いい……」
 消え入りそうな声で紫子ちゃんは言う。
 俺は紫子ちゃんの頭を優しく撫でてやった。
 特に用事があるわけでもないし暇なのだ、そう言ってくれるなら付き合ってもらおう。



 それから数日経った頃、俺は祭凰館の門の前にいた。
 お昼なので見張りをしている楓ちゃんと話でもしながら時間を潰す。
 ここ数日、ひとまず仕事が一段落した祇明さんはしょっちゅう菓子をねだってくる。
 そのたびに俺が魚の町へ買いに行き、ここしばらくの俺の仕事はそればかりになっていた。
 時折、楓ちゃんや椿ちゃんも一緒に食べるので、話をする機会が増えていた。
 ふと見れば、見かけない男が一人、祭凰館の門へ向かってきているのが見える。
 客人だろうか。
 楓ちゃんと二人でその人物を眺めていると、俺たちの前で一礼をする。
「次の魚凰宴祭の件で話し合うことがあって参りました」
「てことは、あんた、魚の町の人間か?」
 なにか違和感があった。
 そろそろだということは知っていたが、例年より少しばかり来るのが早い気がする。
 それに見かけない顔だ。
 訊ねてみると、男はけらりと笑った。
「すこし準備に手間取る作業が必要になりましてね。その都合で早めてるんです」
「へえ」
 噂にも聞いたことのない話だ。
 ますます不信感はあるが、楓ちゃんはこの客人を祭凰館のなかへ迎え入れる。
 客人の選別をするのは俺の仕事じゃない、か。
 腕の包帯を取り、眩む視界で男の後姿をじっと見つめる。
 なんだか怪しい男だ。
 しかし、用心棒代わりを務めるのは、おそらく蛇火と紫子ちゃんだ。
 ならば安心できる。
 俺は案内を終えて戻ってきた楓ちゃんを迎えると「お疲れさん」と笑ってみせた。
 楓ちゃんは小首を傾げる。
「どうしたんしょ、手の目の兄さん? ぐるぐる巻きの包帯を取っちゃって」
「ん、ああ。気にすんな、なんでもないさ」
 俺は改めて手のひらの目を包帯で塞ぐ。
 なにも見えないほうが集中できるので、いつも視界には頼っていない。
 手に目がついているおかげで、視界がぐらぐらして落ち着かないのだ。
「久しぶりに手の目の兄さんのおめめを拝見しましたっ!」
「ははっ、初めて見せたときには、双子揃って怖がられたっけな」
「もー手の目の兄さんったら覚えてるんですもん! お顔が野苺みたいになっちゃいますっ!」
 慌てた楓ちゃんはなにかと飽きない。
 もうしばらく会話を続けることにした。



 それから更に二日ほどが経った頃、なんとなく早くに目が覚めてしまった。
 外はまだ真っ暗だが、もう一度寝ようという気分でもない。
 なんとなく祭凰館のなかをうろつくことにした。
 あちらこちらを適当にぶらぶらしていると、ふと、物音が聞こえた。
 お舘様の部屋からだ。
 あんまりこそこそした雰囲気に、まさか泥棒かと思ってそちらへ向かう。
 しかしそこには、祇明さんがいたらしく、こちらを見つけて「きゃっ」と声を漏らす。
「なぁんだ、手の目の兄さんか。びっくりしちゃった、えへへ……」
 なにをこそこそしていたのだろう。
 疑問ではあったが、俺はいつも通りに声をかける。
「今日は早いな、祇明さん。あー、あれか、魚凰宴祭の準備とか?」
「えーっと、まあ、そうだね。そんな感じかな」
 そう言う祇明さんは煮え切らない様子で、俺は首を傾げた。
 すると祇明さんが慌てる。
「あっ、いや、ほんとに気にしなくていいからね!」
 怪しい。
 気にはなるが、追求はしないほうがいいだろう。
 祇明さんは、自分の弱いところとか、深い悩みとかを打ち明ける人間ではない。
 話そうと思うならば最初から話しているはずだ。
「そっかい。しかしまあ、寝るときは寝ろよ?」
「うっ」
 やっぱり眠っていないのか。
 なにを抱えているのか、魚凰宴祭の準備の関係か、それともただの気分か。
「あはは、手の目の兄さんには敵わないなぁ」
 ああして祇明さんは力なく笑うのだった。



 それから俺は、それとなく祇明さんの様子を監視してみることにした。
 体調が心配なのもあったが、なにかと気になることがあった。
 祇明さんの様子がどこかおかしく見える。
 なにかを警戒しているような、きょろきょろと忙しない動きが目立つ。
 しばらく監視を続けたある日、祇明さんは胡氷さんと話す機会が少なくなったことに気づいた。
 それも、どうにも片方が避けているわけではなく、両方が出会わないようにしているように見える。
 祇明さんと胡氷さんは仲が良かったので、この違和感はどうしても拭えない。
 喧嘩でもしたかと思ったが、それにしたって避けすぎだ。
 やはり何があったのか聞いてみるべきだ。
 そう思って二人に訊ねてみたが、どちらも「なんでもない」と言うばかり。
 祇明さんより胡氷さんのほうが疲れているように見えたのがまた不思議でもあった。



 そうして何かが分かることもなく、魚凰宴祭の日がやってきた。
 祇明さんと胡氷さん、それから最近は祇明さんとよく一緒にいる蛇火が、しばらく祭凰館から出てこない。
 なにか予感がして、俺は見張りの双子に声をかける。
「二人とも、先に魚凰宴祭に行っててもいいぜ」
「ほんとですかー!? あっ、でも、うーん、ほんとにいいんでしょーかね?」
「大丈夫さ。今日は俺が見張っててやる」
 この二人は、片方がずっと祭凰館に残り続けることになるので、二人揃って魚凰宴祭に向かうことはない。
 仲の良い姉妹にそれは酷だとずっと思っていたので、ちょうどよかった。
「では、お言葉に甘えますー。手の目の兄さん、本当にありがとうございますー」
「ですっ! お願いしました!」
「おーう、楽しんできな」
 二人を見送って、さてと暗い祭凰館のなかへ入る。
 しんと静まり返ったお館のなか、響くのは自分の足音と虫の声だけ。
 美しい月の夜なのに、どこか不吉な静寂だった。



 しばらく祭凰館を彷徨ってみたが、なかなか他の皆が見つからない。
 それでも根気よく探していると、どこからか足音が聞こえた。
 疾く走る音。
 その音が向かう先は、お舘様の部屋だった。
 俺も急いでそちらへ足を進める。
 その途端に、女性の叫び声が聞こえた。
 胡氷さんの声だ。
「っ、なんだ!?」
 なにやらただ事じゃない。
 先ほどの嫌な予感が破裂しそうなほどに大きく膨らむ。
 自然、息が切れるほどの全速力で部屋へ向かう。
 その最中で腕の包帯を外す。
 何があるのかいち早く確認するには、目で見るのが一番だ。
 やがて辿り着いた部屋に視線を向ける。
 ――そこには、青白い光に照らされた赤い池が広がっていた。
 その中心に沈んでいるのは祇明さん。
 胸元からばっさりと斬られ、未だ鮮血はどくどくと血溜まりを広げていく。
 清かな青い夜には似合わない、全身の熱がすっと抜けるような光景だった。
 その前では胡氷さんが膝をついて、大きな声で泣いている。
 こんな胡氷さんを見るのは初めてだった。
 胡氷さんはあまり感情を表に出すひとじゃないから。
 そして、血溜まりには祇明さんを斬ったと思われる一振りの刀が落ちている。
 それを拾い上げるため伸びた腕は、蛇火のものだった。
 蛇火はなにを考えているのか、ただ祇明さんを光る目で見下ろしていた。
「……蛇火、おまえが」
 おまえがやったのか?
 そう問おうとしたとき、遅れてやってきた足音がひとつ。
 そちらをみると紫子ちゃんが肩で大きく息をして、この凄惨たる状況を眺めていた。
 この静かな夜には、その荒い息が温い空気を伝ってよく響いていた。
 揺れ動く瞳孔と上下に揺れる小さな体。
 同じように震える小さな口がゆっくりと開く。
「――祇明さん」
 その戸惑った声色に胸が痛む。
 ひどく呆然としていて状況が飲み込めていないのだろう。
 そんな紫子ちゃんに、蛇火は無慈悲な一言を伝えた。
「祇明は俺が殺した」
 抑揚のない声は、全身を粟立たせる。
 なぜおまえが。
 そう問おうとした矢先、紫子ちゃんの体が大きく揺れた。
 目にも留まらぬ風の如き速さで蛇火に詰め寄る。
 その手には刀が握られ、心の動揺がそのまま表れたように大きく揺れていた。
 紫子ちゃんの叫び声が月夜に響く。
 俺はそれを見て慌てて刀を抜いた。
 そのまま素早く刀で空を突く。
 飛ぶ斬撃、ヤンマ斬りは刀身の角度をそのままに一直線に飛び、紫子ちゃんの刀を弾いた。
 それでも止まりそうにない紫子ちゃんに、刀を捨てて詰め寄って取り押さえる。
「蛇火っ……蛇火ぃっ! 貴様ぁっ!」
 この小柄からは想像もつかないほどの力で蛇火に全力を向けている。
 必死で紫子ちゃんの動きを止めながら説得する。
「やめろ! あいつに手ぇ出すな!」
 蛇火がなにを考えているのかは知らないが、どういう事情であれ今は関わらないほうがいい。
 そんな俺たちの姿を、蛇火は黙って哀しそうに眺めていた。



 次の日には、当然だが、祭凰館の者たちに祇明さんの死が広まっていた。
 あまりにも突然だった祇明さんの死は、きっと祭凰館にとっては悪いほうにしか働かないだろうなと思う。
 胡氷さんや紫子ちゃんは塞ぎこんでしまい、蛇火は半ば自ら狭間の檻に閉じ込められた。
 そして。
「ごめんな、楓ちゃん、椿ちゃん。啖呵切っといてこのざまだ」
 苦い面持ちで二人に頭を下げた。
 二人も存分に泣いていたため、きっと目は真っ赤になってしまっているのだろう。
 そう思うと心が苦しかった。
 きっとこの子たちは、背負い続けるのだろう。
 自分がいつものように見廻っていれば、もしかしたらと。
「いえ。気を遣っていただいて、ありがとうございますー」
 椿はそう言って笑うと、楓も真似て笑った。
 だが、すぐに笑い声は泣き声に変わってしまった。
「……ごめんな」
 自分の手を力いっぱい握る。
 祇明さんたちをもっと早くに見つけていれば、止めることもできたんじゃないのか。
 そう思うと歯がゆい悔しさがあった。
「手目銀次郎」
 と、後ろから声をかけられる。
 聡流だ。
 すこしは堪えたかと思ったが、思ったよりは平然としているようだ。
「焔弔草が要る。摘むのに人手が必要だ、手伝ってはくれないか」
 いつもと変わらない調子に聞こえるが、どこか硬い。
 それはそうだ。
 聡流だって悲しんでいるのだ。
 この場に誰一人、祇明さんの死を残念に思わない者などいない。
「わかった。採りにいくとするか」
 焔弔草は、死した者を送ってやるために必要な花だ。
 白い花弁は、長く、勢いよく燃える。
 更に肉を焦がす独特の嫌な臭いを打ち消し、綺麗に向こうへ送り出すことができる。
 いわば火葬の必需品だった。
「火葬か」
 それで燃やされるのは祇明さんなんだな。
 そう思うと、言い表せないほどの喪失感に満たされる。
 もう祇明さんの笑顔を見ることはない。
 あんなに笑うひとなのに、もう笑うことをしないのだ。
「……おまえにも悲しむ時間が必要かい」
「なぁに、こいつらが俺の分まで泣いてくれるさ」
 泣きじゃくる椿ちゃんと楓ちゃんの頭を撫でる。
「皆してへこんでる場合じゃないんだ。まずは一刻も早く祇明さんを送ってやらないとな。それが動ける俺たちの仕事だろ?」
 笑ってみるが、うまくいったかは分からない。
「そうだな」
 ただ聡流はそう言って、深く息を吸い込んだ。
「行こう。墓守殿に許可は頂いている」
 さすがに聡流は仕事が早い。
 きっと聡流は、祇明さんのことを一番に考えたのだろう。
 自分の悲しみや喪失感は心の奥底に仕舞っておいて、第一に祇明さんを送り届けることを優先した。
 心の動きを制御するのが得意なやつなのだ。
 ……それでも、声の節々から滲む違和感までは、掻き消すことはできなかったようだが。
「あまり気負うな。おまえのせいじゃない」
 俺が見張りを代わったのを知っているらしい、聡流は俺を気遣うことを言う。
 珍しいこともあるものだ。
「ならいいんだけどな」
 聡流と連れ立って、別れの悲しみに満ちた祭凰館を後にした。



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